“新型うつ病”はなぜ増えたか?1:新型うつ病の特徴とDSMの操作的診断

出社無理でも…旅行や趣味はOK 若者に増える「新型鬱」

従来の『うつ病(気分障害)』と『新型うつ病』との違いを上げると以下のようになるが、古典的な従来のうつ病(大うつ病性障害)とは脳の機能障害としての『内因性うつ病』のことである。『心因性うつ病』というのも確かにあって、精神的ストレスや苦痛なイベントが発症のトリガーになることは認められていたが、基本的には『心理的原因がなくても発症されたと思われる精神病』の位置づけであった。

1.従来のうつ病の病前性格は、テレンバッハのメランコリー親和型性格や下田光造の執着性格であり、『生真面目・秩序志向・他者配慮性・自罰感』という仕事・社会規範や苦手な人間関係に過剰適応しようとして、そのストレスや疲労に耐え切れずに発症する燃え尽き症候群のタイプである。

新型うつ病(非定型うつ病)の病前性格は、自己愛性パーソナリティや境界性パーソナリティ、回避性パーソナリティなど『パーソナリティ障害の前駆的・類似的な傾向』を示すことが多く、『承認欲求の強さ・自己主張性・ストレス回避性(打たれ弱さ)・他罰感』といった仕事のストレスや煩わしい人間関係に少し適応しようとするが、適応することの苦痛に過敏に反応して発症する適応障害型のタイプである。この病前性格傾向は、自己愛・消費・自由が称揚される現代社会ではむしろマジョリティを形成するものである。

2.従来のうつ病は『食欲・睡眠欲・性欲(恋愛欲求)』の生理的欲求が抑制されて、仕事も遊びも全てに対して意欲がなくなり興味を失う『全般的退却・精神運動抑制』が起こる。生物学的原因・素因を有する脳の機能障害を感じさせるものである。

新型うつ病は『食欲・睡眠欲・性欲(恋愛欲求)』の生理的欲求が抑制されるよりもむしろ促進され、『過食・過眠・性欲亢進』などの症状がでやすい。日内変動も、従来とは逆で朝に気分が良くなり、夕方に落ち込みやすい。好きな遊び・娯楽はできるが嫌な仕事などはできないという『選択的退却・部分的な精神運動抑制』が起こる。心理的原因を引き金とするストレス反応性障害を感じさせるものであり、かつて『抑うつ体験反応』と呼ばれたものの軽症例のようでもある。

3.従来のうつ病は病識がなく、体がだるくて気力が湧かないという病識があっても身体疾患の悪化として自分の体調を解釈する向きが強いため、精神科・心療内科の受診動機は極めて弱い。『うつ病の啓発的な書籍・リーフレット』などにも目を通したがらず、悪く言えば『うつ病なんかは精神が弱い人間がなる病気で自分がなるはずがない(うつ病であるということを恥ずかしく思う)』という精神疾患に対する偏見・差別のような認識を潜在的に持っていることが多い。

新型うつ病は病識があるだけでなく、事前に専門書籍やウェブなどで『うつ病の症状・特徴・治療法と薬・予後』について、プロに近い十分な知識・情報を調べ尽くしていることが多く、抗うつ薬・睡眠薬の名称や効能、官能的(知覚的)実感についても相当に詳しいことがある。自分の心身の不調をうつ病やパニック障害などの診断基準に当てはめて感じることも多く、精神科・心療内科の受診動機は高くて、心理的な悩み・人生のつらさに関する話を聞いてもらうことも好きである。うつ病はじめ精神疾患に対する偏見・差別などはなく、むしろ現代はストレス氾濫による精神疾患増大の時代であるという認識を持つ。

新型うつ病に対しては、自分が好きな楽しいことはできるのに、自分が嫌いなつらいことだけできないというのはただの『詐病(仮病)』ではないかという批判は長くあるし、精神科医の中にも『擬態うつ病』といって精神疾患ではない自己申告・主観だけの偽物のうつ病を定義しているような人もいる。

しかし、新型うつ病の主観的・自覚的な心身症状の多くは、『本当は悪くないのに悪いと言い張っている虚言による仮病』ではなく、実際に頭痛・腹痛・めまい・吐き気・抑うつ感・不安感・焦燥感・パニック発作・思考力低下(仕事が本当にこなせなくなる)などの心身症状が『ストレスとなる仕事状況・人間関係』に対して起こるという意味では『単なる健常者の仮病』とは異なる。

新型うつ病の増加の最大の理由は、『うつ病の啓発キャンペーン+うつ病の社会的認知度・許容度の上昇』と『DSM‐Ⅳに代表される操作的・マニュアル的な診断の増加』だと考えられる。うつ病(気分障害)の認知度は医師会・製薬会社の大々的なキャンペーンとそれに追随するメディア報道によって急速に上昇し、『ストレス社会の歪み・弊害の現れ』としてのうつ病が社会問題化するに至ったが、うつ病の問題と症状を知ったために、『自分の心身の慢性的不調・社会や仕事への適応困難』はうつ病の症状なのではないかと思う人が増えたということがある。

DSM‐Ⅳでは病気の原因・背景だとか本人の顔色・口調・話し方だとかは基本的に考慮せず、医師の経験則・勘に左右されるような伝統的な診断基準(診断基準の医師ごとのブレ)を排除することで『診断名の中立性・確実性』を保つことに力点が置かれている。

つまり、誰が診断しても同じ診断名に行き着くように設計された操作的診断基準こそが、DSMが形式的誤診の少ない国際的な診断基準のスタンダードとなった理由であり、DSMでは本人の口調・顔色が元気そうでもストレスと話している原因がどんなに軽微なものであっても、『本人が話しているエピソード(症状)の内容=気分が落ち込んで何もやる気がしない・毎日眠れずに疲労感が強い・生きていることに虚しさを感じる・集中して物事を考えられなくなったなど』がDSMの診断項目に一定以上の数で当てはまっていればうつ病と診断されることになる。