奨学金の滞納増加問題と日本が目指すべき『高等教育無償化』の方向性

日本学生支援機構が、2008年以降の利用者で3ヵ月以上返済を滞納している人の情報を、全国の銀行個人信用情報センターに登録してブラックリスト化するなどの『回収強化策』を検討しているという。ただそれなりの大学を卒業するだけでは、安定した長期の正規雇用(正社員・公務員での就職)が保障されない時代となり、『大卒資格=平均以上の年収があるサラリーマンの登竜門』だった時代の意識で奨学金を借りることがハイリスクになりつつあるということか。

奨学金を返済できない人間は“ブラックリスト”に載せられる

奨学金の返済に困って、生活が圧迫されたり自己破産するといった同種の問題は、有利子の貸与型奨学金(学士ローン)が多いアメリカでも起こっている。働く意志があるのに、職(仕事)に恵まれない人が『貸与型奨学金(学生ローン)』の返済の困難によって、更に働きづらくなるという悪循環は改善しなければならないだろう。

子供を大学に進学させようとする家計の平均所得が低下してきたことで、大学の学費全額を出してあげられない親世帯が増加し、『奨学金返済の問題』がクローズアップされるようになってきたが、現在では何らかの奨学金を借入れている学生が約50%に上るようになっている。

大学生の奨学金問題の背景には『日本の国家としての教育政策の欠点・予算の少なさ』と『大学教育のインフレ化・大衆化(大学進学率の50%超え)』があり、日本は国際人権a規約(13条2項b、c)に示される『高等教育無償化』以前に『高等教育の負担軽減策』も殆ど講じないまま、国公立大学の授業料上昇にも歯止めを掛けてこなかった。その結果、入試難易度や大企業就職率が高い大学・学部では、入学者の親の平均所得が高い傾向を示し、親の経済格差(親の教養・趣味など社会資本要因)が子の教育格差(教育環境)に連鎖しやすい構造問題が生まれているなどの指摘もある。

日本の学校制度や就職活動の問題は、『中学校までを義務教育とする建前論』が数十年前には既に崩れて、高校進学率は約98%で実質の義務教育となり、大学進学率が約51%となり過半数が大学に行くようになっているのに、『貧困家庭・中卒層』に対する実質的な就労支援・専門教育のオプションを何ら提示せず、義務教育を中途でドロップアウトしたような未成年(最低限度の職能につながる知識・リテラシーの素地がないような未成年)を徒手空拳のまま社会に放り出したままにしていることにもある。

日本の学力・学歴の競争は実質的に、『学校・公教育の授業』と『進学塾・予備校の授業』の二本立てになっているが、家計が苦しい家庭の子供は後者の民間事業者が提供する熱心な授業の恩恵を受けにくい。それなのに、公教育において有名進学塾並みの講師を揃えたり、効率的な授業を組み立てていくことが、『平準化・均等化の教育制度』の弊害でなかなかできない状態にある。

逆説的だが、家庭環境・経済状況の格差が子供の教育・学力に与える影響を最小限にするためには、『勉強が好きで得意な生徒』がどんどん難易度の高い高度な内容に取り組めるように、『実力別・習熟度別の公教育の授業体制』を競争原理に基づいて整えることである。つまり、『進学塾・予備校と同レベルの授業』を無償の公教育の習熟度別クラスでも受けられるようなシステムと教材を作り上げ、家庭の経済状況に関わらずに『本人の学習意欲と理解度』と『テスト結果の成績』に学校側が報いることができる制度設計が必要ということである。

高等教育無償化と給付型奨学金の増加を実現するためには、『形式的な大卒資格が就職のベースライン(みんなが借金をしてでもとりあえず大学に進学しないと仕事がない)』という常識を捨てて、大学を本来の進学率がある程度抑えられた『研究者・専門家・知識人(文化人)・高級官僚などを育成する高等教育機関』として再定義し直す必要があるのかもしれない。いくつかの選抜基準や認可ラインを設定した上で、本当に優秀な能力・適性を持った学生にだけ、高等教育を無償化するというのであれば予算的にも世論的にも実現しやすくなるはずである。

現状の大学インフレの状況では、大卒資格が『潜在力の高い学生が高等教育を受けた証拠(専門性・優秀性のメルクマール)』として機能しなくなり、『落ちこぼれではない証拠(最低限の知識はあり学業の放棄者ではないというメルクマール)』という足切りラインのような役割しか果たさなくなっていることが最大の問題であり、そのために大学を卒業しても就職しづらい人が増加している。

みんな(大半の人)が『最低限の学力・意欲があること』を証明するために学費の高い大学に進学しなければならない社会というのは、向学心と大学進学が結びつかないために非効率になりやすく、家計の負担も大きくなりやすい。

学力(学習意欲)が高くて勉強・研究に適性がある学生には“高等教育無償化(何らかの分野の専門性の習得と職業活動への応用)”、勉強・研究よりも実際的な職業能力や実務研修経験を積むことが適した学生には“職業教育無償化(職業体験・資格取得・インターン制度なども絡めた無償化)”というように、『学校歴の複線化(能力・適性・希望する仕事に合わせて選択しやすい学習環境の整備)』を目指してみることで教育制度の不採算なコストを縮小しやすくなり、就職のために何から手をつけて良いか分からない失業者・無業者の支援方法も提案しやすくなる。

貸与型奨学金の返済・滞納の問題は、本人の就労状況や労働意欲(就職・転職活動)などを確認してフォローしながら、働く意欲があるのにどうしても返済計画の目処が立たない人の場合には、『返済可能なプランや返済額(期間延長)への切替え・短期的中期的な就職活動の報告書提出(企業面接を受けた記録の提出)による返済猶予期間の認定』を考えてみてはどうかと思う。