トルコの世俗派・リベラル派の反政府デモとエルドアン首相のイスラーム主義政策の反動

トルコは国父ケマル・アタテュルクの政教分離の世俗主義とイスラームの生活規範の影響を制約した旧憲法(1982年制定)によって、イスラーム圏では珍しく自由主義・人権思想を尊重する西欧的な近代国家に近い法体系を持っている。世俗主義と自由経済を軍部が支持してきた歴史があるが、かつては圧倒的に民衆の支持を集めていた『世俗派(西欧化の支持派)』が、近年、エルドアン政権の経済政策の好調などもあり保守的なイスラーム右派の政党勢力に押され始めている。

イスラームの教義や伝統を、政治・国民生活に反映させようとする大統領・首相・与党が一定の支持を集めており、個人の自由や人権を尊重する世俗主義(イスラームの規範を法律として権力が強制しない国の指針)が後退して『イスラーム化につながる政治改革』がより進められるのではないかという懸念が欧米にも広がっている。

トルコの反政府デモ激化の直接の引き金は、タクシム広場周辺の大規模な再開発に対する反対運動(公園保護運動)であり、タクシム広場の『アタチュルク文化センター』を取り壊してオペラハウスにする再開発計画が『世俗派の象徴的・思想的な建築物の破壊』という風に受け取られてしまったのである。

しかし、世俗派(リベラル派)と対立するエルドアン首相が、『夜間の酒類販売禁止法』を成立させたり姦通罪の復活を図ったりするなど、イスラーム色を強めてきていることも反政府デモと関係している。『宗教から生活に干渉されたくない』などのプラカードも立てられていて、エルドアン政権のイスラーム主義政策が、飲酒のような国民の私生活・価値観まで法律で規制しはじめていることに、自由主義にコミットする若者層を中心として反発・不安がわき起こっているようだ。

イスタンブールのタクシム広場を占拠するデモ隊と警官隊との衝突が激しくなっており、これまでに死者3人、負傷者が約4100人もでているが混乱状態は解消しそうにない。エルドアン首相は暴徒化したデモ隊を実力で鎮圧する姿勢を見せているが、その強権姿勢に反発するデモ隊も容易には解散しないだろう。

イスラームの宗教規範や義務意識は、欧米的な『自由民主主義・人権思想(男女平等)・政教分離・市場経済』とは相性が良いとは言えず、中東のイスラーム諸国が近代化できずに停滞を続ける原因にもなっている。トルコ国民は例外的にケマリズムの西欧化政策によって、宗教に私生活・経済活動を束縛されない近代化・自由化の恩恵を受けてきたが、ここに来てトルコ国民自身が西欧的な国家制度(経済のグローバル化)よりもイスラーム的な国家制度(ローカルな宗教規範の強制・遵守)を望み始めている社会現象が起こっている。

ベンアリやムバラク、カダフィという独裁者を打倒した『アラブの春』が、北アフリカのいっそうのイスラーム化を促進する皮肉な結果をもたらしたように、ムスリムが圧倒的多数を占める国では『民意を尊重する民主主義』が必ずしも近代化・自由化・政教分離を推し進めるとは限らず、かえって独裁者・軍のほうが国政の部分的な西欧化(非イスラーム化)に貢献したりするねじれが見られる。

中東・北アフリカ諸国では、『民主主義の推進(政治への民意の反映)』が自ら個人の自由や人権、男女の法的平等をイスラーム教で押さえ込んでしまう可能性があり、『世俗派の政教分離原則』は国民の数の論理だけでは支持されないことも多い。

トルコの1982年憲法(1980年の軍事クーデターの成果)は、軍部と司法権力の権限によって『世俗主義(ケマリズム)』を担保しているのだが、これは見方を変えれば『政教分離』を『軍部独裁(軍の介入)』によって強制することで、民意(イスラーム化を支持する民衆)を無理矢理に押さえ込んでいる図式とも言える。

現在のトルコでは民主主義はイコール西欧的な自由民主主義ではなく、『穏健なイスラーム民主主義』とでも呼ぶべきものなのだが、イスラム原理主義を唱導して逮捕されたこともあるレジェップ・タイイップ・エルドアン首相は、よりケマリズムの政教分離の制約を弱めようとする政治的な改革姿勢を強めている。

2010年9月12日に、エルドアン首相率いる与党・公正発展党 (AKP) が提起して承認された憲法改正案は、『軍・司法の権限』を抑えて『国会・大統領の権限』を強める民主主義政治を強化する憲法だったが(当初は欧米諸国もその改憲を民主主義の推進として賞賛したが)、ムスリムが99%を占めるトルコでは民主主義がイスラーム化を促進する傾向がやはり強くなる。

軍・司法のケマリズム擁護がないと民意によって自由民主主義体制が緩やかに弱まり宗教国家に近づく恐れがあるが、数十年間の自由化・西欧化の影響によって、若年層に限っては『イスラーム教義による個人の権利制限』に対する強い反発もあり、政教分離の原則を立憲主義で維持すべき(民主的な多数決・選挙結果でも政教分離を覆してはならない)とするリベラル勢力も依然として影響力はある。

トルコの政治の方向性は『世俗派・リベラル対イスラーム派・保守』と『イスラーム主義の穏健派対急進派』の対立軸を織り込んで混沌としているが、エルドアン政権は道徳的(規範的)・宗教的には保守反動的(復古的)な要素が強いのだが、経済的には民営化推進・グローバル競争の重視など自由経済的な要素も併せ持っていて現実的でもある。