シリアのアレッポ近郊における日本人拘束事件について雑感:敢えて危険地帯に踏み込もうとする日本人とその動機づけ

“政府軍・反政府軍・イスラム国”が入り乱れて激しい内戦が行われているシリアに入国した千葉市の湯川遥菜さん(42)が、イスラム国の兵士によって拘束された。

渡航制限がされている危険なシリアに入国した理由は、中東地域で活動する民間軍事会社(PMC)の起業・下見および実績づくりという特殊な理由だったが、湯川氏本人に「軍隊経験がないこと・民間軍事会社設立のノウハウやコネクションがないこと・戦闘スキルがないこと」などから無謀で非常識な行為として非難が集まった。

男性の居場所はシリア北部か 「イスラム国」日本人拘束

シリアだけではなく、アフガンやイラク、パキスタンなどでも欧米先進国のジャーナリストや医療関係者、軍人が誘拐・拘束されて身代金を要求されたり殺されたりする事件は続発している。

2004年には、ボランティア(支援活動)やジャーナリズム(現地調査)を目的に入国した日本人3人がイラクで拉致される『日本人人質事件』が起こって、この時も戦時下のイラクに入ること自体が無謀だというトーンで世間から厳しいバッシングを浴びた。

2004年にはイラクに単身入国した香田証生さんが、自衛隊撤退を求める武装組織に拉致・殺害されてその映像が送りつけられる事件もあった。2005年にも日本人傭兵(フランス外国人部隊の所属経験)の斉藤昭彦さんがイラクでイスラム過激派に殺害されている。

軍事活動や紛争地帯の未経験者が、いきなり民間軍事会社を設立して中東の武装組織・要人からオファーを受けようという湯川氏のケースは余りに特殊であり無謀だが、湯川氏は自分自身の性自認や自己アイデンティティを巡って苦悩し続けた結果、シリアのような紛争地帯でのビジネスを目指すようになったという。

湯川氏より前にイラクで誘拐・拘束・殺害された人たちも、湯川氏とは異なる理由であれ『日本での生活・仕事・暮らしに上手く適応しきれなかった人たち』という印象があるが、『自分の居場所がないように感じる息苦しい日本』と『いつ殺されるか分からないが自分が必要とされる場がありそうな紛争地帯』との図式がそこに浮かび上がってくる。

湯川氏も今回のシリア入りの前に、知人に対して『軍事会社の実績づくりの必要性』を語るだけではなく、『現地の武装組織の人たちと知り合いになり自分に連絡してきてくれた(今度はいつこっちに来るのかと打診された)』という自分や自分のしようとしているビジネスに対するニーズに手応え・やりがいを感じていたようである。

『自分の居場所がないように感じる息苦しい日本』という環境の認識、『日本での生活・仕事・暮らしに上手く適応しきれなかった人たち』という不適応感・不全感のある人というのは、現代日本ではそれほど珍しい人たちではないが、そこで実際に危険な紛争地域にまで行ってボランティアなり報道・医療なり軍事会社なりをゼロからやってみようという人はそうそういない。

また、『いつ殺されるか分からないが自分が必要とされる場がありそうな紛争地帯』という認識にしても、多くは言葉の上だけでの認識で、『今回の湯川氏のケース』のように現実に生死の境界線を彷徨うような状況は真剣に想定されていなかったのではないかと思われる。

渡されただけにせよ拾っただけにせよ、武器を持っていればいくら『自分は兵士・スパイではない』と訴えても信用して貰えない世界であり、『敵を殺す武器』を所持しているということは、『敵から殺される可能性』を意識していなければならない。

湯川氏が作りたいと言っている民間軍事会社というのは、依頼主の敵を殺害する可能性がある会社であり、敵対勢力からその構成員の兵士や軍事会社の経営者が命を狙われる恐れについても覚悟していなければならない。

治安の良い国の警備員のような感覚で勤まるような仕事ではなく、銃器や兵器を持って襲撃を仕掛けてくる敵から依頼者を護衛するというのは、「殺し合いでの勝利・撃退」を目的としているのであり、相手も自分たちのミッションを邪魔されないために必死に殺そうとしてくるだろう。

先進国の人間の生命の値段は高いが、それは政府が金を出すと踏んだテロ組織や武装勢力が殺さずに人質にするからである。途上国・紛争国の人間の生命は、誰もその生命に高い対価を支払うことがないため、非人道的な虐殺・爆撃が連日のように行われて膨大な死者が積み重ねられている。

日本という環境への不適応感、仕事状況に対する手応え(やりがい)の無さ、自分の人生への不全感を抱えた人たちが、「生命の価値が軽い紛争地域」に敢えて趣いてそこに自分の居場所・仕事・役割を探すという心理は理解できないものではないが、湯川氏のような明らかに無謀なビジネスの起業ではなくきちんとしたNPO・NGO・政府の支援活動などに参加していたとしても、次の瞬間に自分の生命が奪われるリスクがあることは認識しておく必要がある。

人質(捕虜)の交換交渉や身代金の支払いなどに、政府の税金が使われたり人員が割かれたりすることに対して世論の非難が起こること(客観的に見て実現可能性がほとんどない紛争地帯での行動・売り込みに対する非難を浴びること)は確実だが、これ以上の虐待・拷問を受けることなく無事に生還できることを願いたい。

一般人が渡航制限されている危険な国・地域に、どんな理由や目的があっても入国してはいけないのかという問いに対しては、常識的には入国すべきではないという答えになるだろうし、入国して誘拐・拉致などの事件に巻き込まれれば政府の負担や迷惑になることが増えてくる。

一方、大半の日本人は注意されるまでもなく初めから戦争が行われている地域に行きたいと思わないわけであり、『中東の危険地域に敢えて行きたい人』というのはジャーナリズムや医療活動の支援、ボランティアの人道支援など『公共的な目的・奉仕精神が強い人』か、紛争地帯に妄想的なイメージ(野心めいたもの)を抱いている人や日本への強い不適応感(居場所のなさ)を感じている人になってくるだろう。

そういった敢えて何が何でも危険な場所に行きたいという人は止めても聞かないことが多いだろうし、『自己責任で行くのでどんな結果でも受け容れる・もしもの時の救助は不要で見殺しにしてもらって構わない』とはいっても、先進国では自国民が外国で生死の危険に直面している時に放置することは原則的にできない(どんなに本人が望んでも国家や国際社会の仕組みとしてよほどの途上国でない限りは自己責任の貫徹をさせてもらえない)だろう。