食事をする時の『いただきます』『ごちそうさま』の挨拶の慣習の意味と効用

『いただきます』の語彙には、『食事の調理・配膳をしてくれた人間への感謝』と『食材となる生命への感謝』があるという話だが、後者は縁起・因果・カルマの仏教思想との相関が指摘され、特に合掌してのいただきますは近代の浄土真宗の作法とされる。

なるほど! 「いただきます」本当の意味

実際は、近代以前の日本において『いただきます・ごちそうさま』といった食前・食後の挨拶の作法が存在したのか、どれくらいどの階層に普及していたのかは、史料による裏付けがなく不明な点が多い。『源氏物語』『枕草子』には平安朝の食文化と関係する記述もあるが、いただきますに相当する挨拶について記録はない。

食事を準備してくれる人や食材となる生命に感謝して、他の助け・犠牲がなければ生存を維持できない人の業を自覚し、食の大切さを再認するという意味で『いただきます』の挨拶には教育的・啓発的な効果はある。『ごちそうさま』も家族・店員など相手を問わず、食べた人と作った人との情的コミュニケーションとして機能する。

儀礼的・定型的な挨拶に過ぎないと思う向きはあれど、無言で食べ始めて無言で食べ終わるよりも、『人と人・人と食(他の生命)との好ましい相関関係のあり方や感謝の思い』を簡単な発声で言語化(意識化)できるというのは精神文化の効用として小さくはない。食べられて当たり前の現代の飽食文化に対する本質的内省なども含んでいるし、他者と食事の時間を共有している実感を感じることもできる。