“学歴”を得ることに価値はあるか?:職業・所得・教養・文化と学歴との相関

学歴をお金に換算する意味での経済価値はかつてより低下したが、大卒の平均給与は高卒・中卒よりは常に高い。中卒でも実業家で成功、一流大卒でも無職など個人差はあるが、平均では学歴による所得・文化・価値・人脈の差はかなり出てくる。

学歴は大切? 大切じゃない?

学歴による差は、大卒が中卒・高卒より優れているという意味では必ずしもない。結局、生まれ育ちや興味関心、生き方、好む話題などによって、自分に合った仲間関係や文化圏というものがでてくるという話だろう。『学歴は無意味・高学歴者は無能』と言われるケースも、ガテン系・飲食系・飛び込み営業などに近いような『知識・教養の生かせない職場や関係』でわだかまっていたりする。

学歴の優位やメリットとしては、医師や法曹、薬剤師、教員などをはじめ『特定学部の大卒者でないと取れない資格・就けない職種』というものがあるという事だろう。確かに該当学部の大卒者でなくても有資格者と同等の知識・技術を独学や実地で身につけ、職務をこなせる人もいるかもしれないが無資格医等は違法行為である。

学歴というか学問・教養のメリットでありデメリットでもあるのは、社会や政治経済等の仕組みを理論的な知識やモデルを通して把握できることで、学問・教養がなければ『難しい事はよく分からない・真面目な話は面白くない・仕組みの中に組み込まれるだけ』のスタンス(余計な事に悩まず動けるメリットでもある)になりやすい。

学歴と直結するわけではないが、教養水準が高いほど『社会的関心・文化的趣味・知的好奇心・専門的内容』にも対応できる人と出会いやすい。極論すれば『女と男・酒・車・ギャンブル・武勇伝・生活等の話題メインの文化圏』と『社会・ビジネス・政治経済・芸術文化・読書等の話題もできる文化圏』とのグラデーションはある。

極端な人物像だと、ある程度努力して何かを学んだり知ったりする行為全般を長期に放棄しているような人(知覚・感覚の快楽やバカ話以外に無関心な人)もいるが…『本読まない映画見ない・政治経済や社会問題や文化芸術興味ない・きつい運動やアウトドアは嫌・美術館や博物館はノー・理屈は即拒絶』といった感じにもなる。

それが良いとか悪いとかいう価値判断は意味がないというか、人によっては『お金にならない何かの役に立たない知識や理屈は無価値』でもあるし、『感覚的・対人的な快楽を得るために生きる(承認・生活向上あるいは酒・女・博打が最高)』という考えもある。それは生存生殖など動物的適応の次元では必ずしも不利益ではない。

学歴が大切かどうかというのは一義的には答えられない問題であり、目的とする職業・資格・キャリアなどが明確であれば学歴が絶対条件として必要なこともあるという話であり、学歴で選択肢は広がる(学習・知的態度の習慣もつきやすい)という話でもある。どういった文化圏や人間関係や職業活動の中で生きたいかも関係する。

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