男女の喧嘩・戦争について,男性と女性は究極的には価値観・生き方が合わないことも多い

男女は究極的な思想・生き方は合わない事も多い。「協調・真面目・適応・規範・仕事好き・自分が折れる・孤独回避の優先」が結婚向きな男の特徴ではある。男と女は言葉の用い方が違うだけ。

「男は言葉が不自由で近視ぎみ」と思えばいい。“男女の戦争”の終え方(http://mixi.at/aeTOh8R)

男は感情を言葉にする力が女性に比べて低いというより、男女の性選択の進化プロセスで、男性は感情を言語化して女性に要求するメリットがなかった事が大きい。女性は年代や関係性によっては、感情を言語化して要求・警告したりする事によって、近しい男性の行動を変化させてメリットを得られる歴史が長かった違いがある。

現代でも男性は感情を言語化して「こう感じているからこうしてくれ」などあれこれ訴えるよりも、実際に行動したり適応したりで稼いだり影響力を持つ役割の履行に重きが置かれる。「男も泣いていい」のジェンダーフリーはあるが、年齢のいった男性に泣き喚かれて助けや癒しを求められても、大半の人は困るのが現実だろう。

女性には「お茶する」って文化が存在しますが、男にはない……いや、カフェやお茶の文化は男でもある。女がおしゃべりで男が寡黙(言葉が不自由)という古典的ジェンダーの分類は恐らく現実の恋愛・夫婦では当てはまらないケースも多い。男(夫・彼)の方がずっとついてきて何かを延々話してきて面倒くさいの女の声もある。

女性は「実生活の用事・経済や家事・人間関係(友達や近所の誰々がどうした)・結婚や子」などリアルの話題が好きというより、そういった用事全般の役割や処理を自分がしていることが多く、友人との長期の横のつながり・同調圧力も多いから自然そうなる。仏教の男女差別も女性は四法印のような理屈の観念には感化されにくい。

即身成仏するほどの俗世に対する無常観・諦観というのも、男性であれば実際にはしないとしても理屈の上では感化されやすい脳機能の傾向があるが、女性は9割方、そこまで俗世の無常を悲観的に捉えないし、即身仏・無一物の精神性などもどちらかというと狂人(自分と全く関係ないあっち側のおかしな人)と解釈される。

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