「理想の恋人・配偶者」でなくても恋愛や結婚には満足できるという話:人生における相互扶助と責任感

謙虚で満足を知り、地に足のついた家庭生活を続けられる人でないと理想の伴侶と理想の異性がズレる。家族・生活は日常と金銭、責任の範疇にあり、理想の異性は相手を特別視する非日常・情動、遊びの範疇にあるという明確な違いもある。

今の恋人・配偶者は「理想通り」? 恋愛は妥協しても…(http://mixi.at/agfQN1i)

理想の異性とは、現実の異性の魅力を、自分の幻想と陶酔によって割り増ししたイメージに過ぎないから、現実の相手を深く知り日常の一部になるにつれ、幻想は壊れ等身大の相手や現実生活に近づく。『顔を見るだけで幸せ・一緒にいるだけで何もしなくていい』という自分を下位に置く理想化や陶酔は長続きしない仕組みがある。

理想の異性は初期はただ食事に来てくれるだけ、LINEでやり取りしてくれるだけでも、非日常的な情動の満足をもたらす。あるいは『自分との釣り合いがない』ため、初めから距離が縮まらず、幻想の奥にある実像・生活者の顔に近づけないままに終わる。故に『ほどほどに親しかった理想の異性』はイメージが保存されやすい。

理想の伴侶とは、端的には『自分との長期的な信頼関係や家庭生活の役割分担に答えてくれるか』であり、『異性の理想像や非日常性を前提にした情動・陶酔』とは、基本的に関係がなくなる。理想の伴侶は『ただ側にいて笑ってくれればいい愛人』ではない、『人生・生活のために責任を持って役割を果たせる頼れる人』である。

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