「心理」カテゴリーアーカイブ

「中年期の危機」をどう乗り越えるか?、東出昌大と唐田えりかの不倫問題に対する男目線の感想、気に入った店員と付き合うまでは難しいなど

○半世紀以上前にユングなどに提唱された「中年期の危機」は、仕事・経済・家庭・健康などが順調な状態から衰退にかかる時期の受け止め方だったが、現代では逆に若い頃から多くが不調な状態の受容に関する危機も含む変化がある。

不安感が強いのはもしかして…!?40代を襲う「中年の危機」とは http://mixi.at/a1TjuuO

中年期の危機とは、身体能力・職業キャリア・性的魅力・家族形成のピークを超えて新たな自己の役割や存在意義を探索せざるを得なくなる心理的危機である。

主観的には「まだまだこれから」と思って立て直すことはできるが、客観的に他者から(社会から)「中年以降のおじさん・おばさん・高齢者(年寄り)に分類される変化」と「心身機能が低下し健康が悪化しやすい問題」をゼロにはできない。

主観的には年齢は関係ないと言えるが、中年期以降はプロスポーツ選手は戦力外にされ、企業人・組織人の出世の限界が見え、若い人に相手にされにくくなる変化には抗えない。自分の精神がどうであれ身体・関係・他者・役割・社会が中年以降の衰退を告げる。

その意味で「中年期の危機」の乗り越え方は大きく、「主観的な人生・自己・他者の解釈による肯定感」か「社会貢献・他者奉仕による役割や使命の創出」か「客観的な上昇・欲望充足」かになる。ただ他者や社会的な位置づけをどうこうしようとするより「マイワールドの主観的評価軸・世界観・趣味」で受容するほうが簡単だろう。

人が有限である以上は、客観的な事実(主観的な考え方ならありえる)として、本当に年齢が一切関係ないとまでいえる人間はありえず、「年齢相応の生き方・評価軸・社会的な位置づけの受容」にある程度は抵抗できても、全面的に拒否することはできない(相手・社会がその自意識に沿わなくなる)。

○東出氏が悪いのは確かだが、不倫相手とされる唐田えりかとの共演作の雰囲気が、気を許せば不倫に雪崩れ込みそうな感じ…唐田えりかという若い女性も、30代男に好まれそうな如何にもなおとなしく清楚に見えるタイプ(本当の性格はどうであれ)。俳優は誘惑も多い仕事だが結婚したら覚悟を固めないと仕事の足場も失いかねない。

東出昌大が杏と別居報道「ほぼ事実と判明」事務所 http://mixi.at/a1YCp7I(01月22日)

杏さんも父親の渡辺謙の非常識なハワイでの不倫があってからの夫の不倫で、許しての復縁の可能性は低いとも思うが…東出さんの仕事の好調も杏の夫や良き父親のイメージありきの部分もあり、下手すれば離婚に加えて仕事も干されかねないような。原田龍二みたいに会見にお笑いが半分入って、奥さんも容認気味なら別にせよ。

しかし、どのくらいの頻度で会ってたか知らないが、三年も不倫で交際は期間が長いし、奥さんと全く異なるタイプの女性でもある…双子含めた三人の子育ては杏さんに任せっきりで、遊び呆けていたとしてら印象は最悪で、昔と違って英雄色を好むや芸の肥やしで大笑いして済ませられる時代でもなくなっている。

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植松聖被告の相模原殺傷事件と刑法39条・心神喪失の考察、ネット普及で知っている人と知らない人の境界が曖昧になど

○相模原殺傷事件は「今も変わらない障害者抹殺思想」を前提に「凶器・拘束テープの準備」をした上でやまゆり園まで車を運転して大量殺人を実行した。心神喪失の定義は厳格化すべき。

弁護側、無罪主張へ=薬物影響で心神喪失―相模原殺傷、8日初公判・横浜地裁 (時事通信社 – 01月06日 07:30) http://mixi.at/a1Ig45f

心神喪失あるいは責任無能力者で無罪にでき得るケースは、「善悪分別能力の継続的喪失(人を殺してはいけないと分からず、殺人が罰せられるとも知らない)」と「犯行時の行動制御能力の喪失(本人の意志・思想・感情ではなく、てんかん・意識障害のような発作で非目的的に殺してしまった)」のセットに限定すべきだろう。

(他人に無理やり使用されたケースは除き) 覚せい剤や大麻などの薬物の影響下で被害妄想が起こり、人を殺したというケースは心神喪失状態に近くても、刑罰の減免事由にならないという当たり前の法改正を急ぐべきである。現状、精神鑑定をする鑑定医や空虚な長期法廷闘争をする法曹の「お仕事」を作っている面も強い。

相模原殺傷事件の植松聖容疑者に関しては、薬物を使用しなくても「障害者抹殺思想」を持ち、その思想に基づく殺人や政治的虐殺を倫理的に正しいとする自分の価値観を開示し続けている。反社会的な理性・言語・価値観に基づいて「殺しても良い」と判断して計画的に大量殺人の行動をした以上、心神喪失と言えない。

○法曹出身の国会議員に、刑法39条の立法趣旨に疑問を持つ人はいないのか?殺人罪の時効が廃止され犯罪の量刑が変わった前例はあり、刑法改正ができないわけではないが。

熊谷6人殺害 高裁無期判決に遺族不服「真相を知って、考えてほしい」 署名呼びかけへ (毎日新聞 – 12月29日 21:19) http://mixi.at/ajPISxE

国民世論では「大量殺人や無関係な他人への利己的殺人は重度精神病や知的障害、薬物の影響があっても刑罰を少なくとも免除すべきではない」が優勢で、法学的・倫理学的な議論でも心神喪失なら無罪にまですべきが金科玉条徒までは言えないだろう。しかし、自民党も立憲民主も刑法39条改正を公約に上げたことはない。

刑法39条の廃止までいかなくても、心神喪失でも利己的・猟奇的・複数殺人など一定の殺人罪に対しては刑罰を減免しない方向で改正があってもおかしくないが、政党や政治家にほとんど関心や動きが見られないことには何らかの利害関係があるのかも。大陸法の責任能力論は、主体の責任と知性に偏りすぎた哲学の要素がある。

また事件を起こした時間帯だけ、責任能力を完全に喪失する心神喪失状態にあったので無罪が適当で、その後に回復して普通のコミュニケーションや思考ができるようになったというようなケースが生まれないように刑法を再整備すべきだろう。倫理的・論理整合的に現代ではかなり加害者に都合の良い解釈になりすぎる。

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顔・見た目で性格(人柄)は分かるのか?、男女の混浴意識の差、鯨肉は調理法で美味しくなるが欧米の捕鯨反対派は食べないなど

○「不機嫌・不幸続き・攻撃性・自棄の人相」と「上機嫌・幸せ続き・温和・共感の人相」の極に近づくほど人相で人柄を推測できるが、中間だと「良い面も悪い面も・相手で変わる」にはなる。

今年こそは「良い人」に思われたい! 顔に人柄が出ると答えた人の割合は… (しらべぇ – 01月06日 03:21) http://mixi.at/a1IcNkz

「人相・顔つき」だけで人柄を確実に推測することはできないが、他者の人相に対して「自分が気に入らない(仲良くしたくない)という認知」が一定以上に強いと、「相手の性格・行動の良い部分」を引き出せなくなる。無関心には無関心、敵意・拒絶には拒絶というように、「鏡の法則」のような自他の照応原理が働きやすい。

悪意ある詐欺師などを除き、「良い人に見られる人相・顔つき(仲良くしたい・関係を作りたいと思われる)」そのものが、その人相を持つ人の「性格・反応・行動の良い部分」を引き出すとも言える。好意的に優しく接せられる頻度・相手が多いほど、「他者への悪意が減る傾向」が強くなり、性格も受容・共感が強まりやすい。

反対に、極端に人相が凶悪で行動も攻撃的・拒絶的な場合、その人の生来の遺伝・気質もあるかもしれないが、「今までの人生で他者に攻撃・拒絶・否定されてきた頻度の多さ(思い込み含む)による人間不信・人間嫌悪」が染み付いてしまって本人の意志では解除困難になっている。

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日本の年金制度が信じられない理由とは?、上級国民・飯塚幸三容疑者は高齢要因で極刑でも虚しい、アラフォーの人生の悩みなど

○現行の給付水準の年金制度を維持することは、年齢別人口階層から概ね不可能。だが50年くらいは決定的破綻(完全な年金未払)は積立残高からいってない。「信じられない層」には「払えないに近い層(低所得・無職・病弱等)」が含まれる。
あなたが国の年金制度を信じられない4つの理由 http://mixi.at/a1HbGNC

国の年金制度の不信要因は、「年金制度の絶対額は老後の生活費に足りる保証はない(年金だけでは大半の人が暮らせない)」や「政府が年金財政に応じて年金支給開始年齢と支給金額を微調整できる(年金ゼロの未払にならなければ年金制度は破綻してないと強弁できる)」にあるだろう。

また年金制度は「現役時代の格差」を減らさずに増やす仕組み(高所得者・追加的な年金保険に入れる層ほど支給額は増える)なので、今苦しい中でギリギリの年金を支払っている層は年金受給年齢に達しても苦しい。その意味で、年金が老後の救済という意味合いはますます失われ、ギリギリの生活の人は無理に払いたがらない。

○昨年は飯塚幸三容疑者(88)ほど怨嗟の的になった人も少ないが、88歳の高齢要因で、仮に死刑判決が出せても釈然とせず虚しさは残る。老い先の短さと刑罰の重みづけは難しい。

《池袋暴走事故》飯塚幸三容疑者の“現在”を取材するも妻が「お断りします!」 (週刊女性PRIME – 01月06日 04:00) http://mixi.at/a1IHMK9

意図的な無差別殺人よりも怒りのぶつけようがない。傲慢不遜な自省能力も衰えた観のある元高級官僚の老人が自分の健康状態・身体能力を過信して起こした交通死亡事故というのは、叩きに叩いて死刑・無期懲役を望んだとしてもどこか虚しく刑罰の有効性が感じられない。50?60代ならまた刑罰の重みが変わるが。

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今は中流家庭の家計簿でも余裕のある世帯になる、自殺志願者は助けるべきか?、アリストテレスの政治学・ポリスなど

○少し前の日本の平均的な中流家庭の家計簿だが、現在の中間値・世帯の実感からすると「やや裕福な家庭」で、教育費を差し引いて老後に約2370万円の貯蓄ができる世帯は今は多くないだろう。上場企業勤務の水準。

37歳パート、貯金350万円。2人の子どもにハイレベルな教育を受けさせてあげたい http://mixi.at/aeFftVQ

子供が小さいこともあるが、約2~3万円のパート収入しかなくて、この家計簿なので、現在の日本の世帯平均から見ると恵まれた方に分類できる。非正規でももう少し子供が大きくなれば、月10万円程度は一日6時間程度の仕事でも稼げるので、実際はもう少し貯蓄は増える。フルタイムなら更に増えるという話でもある。

パートで子供が欲しくて安定した結婚生活をしたい女性などからすると、この旦那くらいの仕事・年収は、「婚活で人気のある年収帯」である程度競争率も高くなりそうだが、日本全体の生活水準・家計簿から見ると「教育費コストを含めても、(夫の雇用保証が前提なら)特別な経済問題・貧困リスクのある世帯」ではない。

しかし、FP相談案件は本当に困っている主婦の人よりも、ちょっと余裕があるくらいの人の相談が多く、時に月50万円以上の夫婦のキャッシュフローと1000万円以上の投信・民間の年金商品など金融資産を複数持ちながら、「このままで大丈夫でしょうか?」というのは白白しくも、ちょっと自慢が入っている可能性がある。

○ネガティブな人生観・家族関係や虚無的な価値観を前提にすれば、「自殺志願者のその場限りの救助」は余計なお世話かもしれないが、その常識・建前を崩せば社会秩序の根本が揺らぐ。

乗客が告げた行き先は自殺多発場所、察して警察署に行った運転手に保護の感謝状 (毎日新聞 – 09月09日 19:17) http://mixi.at/aeFvekx

そもそも本気で自殺を決行できる人なら、わざわざ他人が関与してくるタクシーなど利用せず即座に絶命する飛び降り・飛び込み・首吊り・服毒などを選択しているはずなので、深夜にタクシー利用で自殺の名所に行く時点では「自殺企図の葛藤・迷い」があり死にきれない状態(生の側に戻り得る状態)にあったと解釈できる。

社会福祉やNPO・行政、心理的支援、家族・知人のバックアップなどもあるが、究極的には「人生の厳しさ・つらさ・虚しさをどう受け止めてどう行動するか」は本人次第になる部分は、どうしても否めない生の前提である。お金の問題もあるが、人生・自己存在をどのフレームワークで解釈するかで天国にもなれば地獄にもなる。

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ヴァニラの美容整形と現代人の見た目への執着、仏教説話の「火宅」と煩悩、女らしさに意味はないのか?など

○トラウマや見返しのための「非現実的な美」の追求は暴走しやすい。「最大多数を虜にする美・可愛さ」は人工的・意識的に造る事が難しく、「自然=図らい消去」が特に難しい。 — ヴァニラ「ブスが生きづらい日本」で感じてきた違和感、“全身2億円整形”を語る (週刊女性PRIME – 08月24日 11:00) http://mixi.at/adiqKHR

「美・可愛さ」は必死に生存のための肉体労働に追い掛け回されなくなった現代人の精神的貴族趣味にとってかなり大きな欲望対象になっていることは確かだが、「遺伝・骨格・年齢の所与の条件(ある種の分)を越えた非現実的な美の追求」はあるラインで自己満足しなければ、病的執着で自らを破滅させる恐れもあるので怖い。

「美・可愛さ」をナチュラルな姿かたち・言動・装いで他者に見せられる人というのもある種の才能・時機であって、「大枠における美・可愛いの階層性」はあっても、普通前後から上の美・可愛いにおいては「飽き・慣れ・加齢も含めた多様性のバリエーション」になるので、我一人のみで違うタイプの美・可愛いは所持できない。

その意味では、明らかに一般人から突出した美や可愛さを持つ人であっても、「異なるタイプの美貌・可愛さ・年齢層との間の主観的競合」においては、必ず誰かの前にどこかの時点で見劣りする(常に後続からも追われる)。その意味で、普遍的な誰からも認められる美・可愛いを追求すれば、精神は落ち着く所がない。

美と可愛さにとりつかれて美容整形を繰り返すのは、「誰の前にあっても自分の魅力を承認させたいという普遍的魅力を内在させたい不可能性への抗い」であり、もはや「見た目云々に留まらない自己愛・承認欲・トラウマ的な報復心の肥大」である。ただ納得のラインは天与の分・運も踏まえていないと精神的に苦悩するだけ。

見た目の問題で悩む若年層は増加して、男性でさえ20年前と比べて美容整形を受ける人が約7倍になったと言われるが、「細かい見た目にこだわれるだけの豊かな時代」の副作用か。ただ「適度な自己満足+自分を好んでくれる人の愛情・承認」くらいが並の人間の分・限度であって、常にもっとの比較競争を続ければ心を病む。

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