iモードケータイの出荷終了とインターネットの思い出, 総務省の『0円端末規制』とスマホの月額料金の高さ

○スマホの欠点は月額料金が高い事で、特に通話・メールしか要らないユーザーに不評だったが、MVNOの格安のSIMカードとスマホの登場で、ガラケーとさほど変わらない料金体系となりガラケー需要が更に落ちた。

iモードのドコモケータイが出荷終了へ 携帯電話によるネットアクセスの先駆者的存在

実際i-modeやインターネットが好きな人であれば、ガラケーよりスマホのほうが便利で色々なコンテンツを楽しめることは間違いないし、飲食店・美容院・ホテルや飛行機の予約のアプリなど割引価格でお得になったりする。ちょっとネットやアプリを使うくらいなら格安スマホの最小通信料プランで2000円以下で使える。

ドコモからi-modeが登場したばかりの頃は電子メールさえ珍しい時代で、メル友募集の掲示板やチャットなどが流行し、遠く離れた地域の知らない同世代とメールするだけで刺激的で楽しかったものだ。セキュリティ意識も殆どなかったので電話番号のままのアドレスも多く意図せず話し相手になったり黎明期の面白さもあった。

ネットの黎明期の革新・未来感・アングラ感は、デジタルネイティブな人も増えた現代からはちょっと想像しづらいが、約20年前のネット普及の初期段階では『PCよりも携帯電話のi-modeで初めてネットに触れた人』の方が多かった。Googleのような検索サイトもなくアナログな携帯サイト紹介の専門雑誌があったりした。

今でこそ、地理的に離れた人や知らない人とネットで話せるのは当たり前というか、当たり前過ぎて一周ぐるりと回って『リアルの友人知人とつながるSNS』が主流になりSNS疲れが起こって再び流動化しての変遷があるが、20年以上前は『学校・地域・職場の知人』以外の人との深いコミュニケーションは実質的になかった。

電子メールやリアルの場から離れた他者とのやり取りに感動できた時代は遠くなりにけりだが、ネットの黎明期は『今・ここの場に制約されない自由感』があったがそこから紆余曲折のネット史があり、安価な常時接続で大衆化しネットの非日常性は薄れ法や世論の監視も入り、ブログ・SNS・スマホでリアルと融合していった。

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『ロボット中毒(ロボットとの会話や関係が楽しすぎる)』が未来社会で問題になるとしたら、人間独自の存在意義と他者の必要性はどこに求めれば良いのだろう?

“ユーザーとの関係構築が必要なロボット”は実質的に人間の役割に近づくが、人とロボットの比較で浮かぶ差異が微小になるほど、人の固有性と存在意義の輪郭線が朧になりそう。

ロボット中毒が社会問題に!? 元Pepper開発リーダーに聞く「人とロボットの未来像」

『僕らはAIと同様に脳の神経回路であるニューラルネットワークに脳内分泌物質のバイアスをかけたコンピューターであるとも言える』は、ロボット工学や人工知能、認知科学の前提だが、ロボット中毒問題の仮定は『人工物の上位にある生命・DNA・自意識(感情・労働・関係)の特権性』が変わらずに続くかの試金石かも。

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鶴保庸介沖縄・北方担当相の沖縄県民の活動家に対する『土人』発言は差別でないのか?, ポケモンGOの速度規制とながら運転の危険性

○鶴保庸介沖縄・北方担当相は『土人』は差別用語でないとし、その根拠を『現在は差別用語でも過去には流布していたものもある』と語ったが、明治の福沢諭吉の語用において既に土人は『文明・知性の乏しい野蛮』を含意した。『沖縄県民を土人と呼んだ文脈(コンテクスト)』は土着民でなく文明・知性の程度を低く見たものだ。

土人には確かに『土着の民・素朴な原始的生活を送る民』といった中立的な意味もあり、文化相対主義や価値多元性を前提にするならば『近代化されていない文明社会から隔てられた素朴な民』は別に差別や蔑視ではないかもしれない。だが現代を生きる沖縄県民やデモ参加者は土着性・原始性の意味でも土人ではないだろう。

現代社会を生きる日本人・文明人には『土人』と呼称されるに相応しい『野生的原始的な素朴な生命力に満ちた民』のような人はまずいない。また差別・蔑視でないならば『この土人が』という表現にはならない。そもそも中立性や文明人の憧れに基づく土人であれば、『あなたは文明に毒されない土人ですね』の話し言葉にはならず、ほぼ書き言葉の叙述になるはずである。

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中国のネット規制強化(ネット上の発言の実名義務化・反政府の言論規制)についての雑感

中国のような異論・不満・格差を武力で押さえ『表面的秩序』を保つ一党独裁国家は、『人民の本音のやり取りで浮かぶ政権批判・連帯』が一番怖いので、ネットの匿名での本音を規制したいと思うだろう。

ネット実名義務化・「扇動」は厳禁 中国が新法を採択

自由民主主義が浸透している先進国では、『ネットのトレーサビリティ強化(違法行為があれば発信者を特定して検挙する・プロバイダでの固有番号割り当て等)』は有り得ても、『実名での書き込みしかできなくする規制(権力と世間、対人関係の監視を前面に出して本音を封殺して発言量を減らす)』はまず有り得ない。

暴言や中傷、サイバー犯罪があるから自分は実名制でもいいという『主観的な規制強化の容認』の意見はあるが、ネット上の発言は『誰かに向けての感情的・攻撃的な発言』だけがメインなわけではなく、『特定のテーマ・事象・問題・コンテンツに言及する意見の自由度・多様性』こそメインであることを忘れてはならない。

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ダニエル・カーネマンの行動経済学と幸せの理論:主観的幸福感・お金の相関、近代社会が見せるフォーカシング・イリュージョン

行動経済学者のダニエル・カーネマンはエイモス・トベルスキーと共に、人間は『利得』よりも『損失』に敏感に反応して、利得増加による快楽は損失拡大による苦痛よりも小さいことを『プロスペクト理論』によって明らかにしたことで知られる。プロスペクト理論は、人間の意思決定の基本原則が『損失回避(リスク回避)』の慎重さや現状維持にあることを示している。

利得も損失もその絶対値が小さいほうが『変化に対する敏感さ』が高まる。100万円の収入が300万円に増収する変化に対して、人はかなり大きな利得増加の快楽を感じるが、1100万円が1300万円に増収してもその快楽量は前者より小さくなってしまうということである。1億円が1億200万円ならその増収に対する快楽量の増大は相当に小さなものとなる。

損失拡大についても10万円の損失が50万円に増大すれば、人はかなり敏感に苦痛を感じるが、損失・負債の絶対値が1000万円や1億円にまでなるとそこで数十万円の損失が加わってもほとんど感じている苦痛(悲観)は変わらないのである。

人間は基本的に損失回避(リスク回避)の意思決定をするが、『一定の損失』に対してはまっとうな方法(給料・貯金からの補填など)で損失を回復しようとするが、リスク投資やギャンブルなどで『許容範囲を超える損失』を負った場合には、損失回避(リスク回避)のための追加的ギャンブルに踏み切る人が増えてきて、損失(借金)が雪だるま式に膨らみ破綻したり横領など犯罪に逸脱する事例さえも出てくる。

損失が大きくなればなるほど、人は正常な確率に基づく統計的判断ができなくなる傾向があり、投資金額(賭け金)を大きくしてこれさえ上手くいけば今までの損失が全てなくなるという『一発逆転の損失回避・損失補填』を狙い始めるが、最終的には元金を準備できなくなり八方塞がりになるのである。

プロスペクト理論では、確率加重関数という概念で人間の知性が『主観的確率と客観的確率の区別』がほとんどできないことを示している。

つまり、人間は宝くじのように客観的確率が低いがリターンの大きな状態に対して『もしかしたら自分に当たるかも』と主観的に過大評価してしまうが、逆に50%や30%で成功するような客観的確率が高いがリターンの小さな状態に対して『もしかしたら自分は外れて損をするかも』と主観的に過小評価してしまうのである。

5個の玉の中に1個の当たりが入っている当選確率20%の1回1000円の回転くじで、当たれば3000円を貰えるという確率的にはまずまずな条件に対して、かなりの割合の人は『もしかしたら自分は外れて損をするかもしれないからやめておこう(あるいはどうせ当たりっこないから損するだけで馬鹿らしい)』と思いやすい。

だが数十万~数百万分の1の確率で当たる1枚1000円のロトくじのような極めて当選確率が低いくじでも(統計的には絶対に当たらないといっても良い無視して構わない確率でも)、当選金10億円以上というようにリターンを大きくすると、『もしかしたら自分に当たるかもしれないから一枚買ってみよう』となりやすいのである。

リターンを大きくすれば、人間の客観的確率の認識能力は簡単に狂ってしまうことがあり、損失が積み重なってくると更に客観的確率の認識は狂って、主観的確率で『都合の良い楽観的な当たりやすさ』に置き換えられてしまう。

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