宝くじに当選したら何に使うか?「孤独死」を身近に感じる人が4割を超す。

ドストエフスキーは「貨幣とは鋳造された自由である」と語ったが「貨幣でしか享楽・安心できない人」と「貨幣で時間(行動の自由度)を買いたい人」では自ずから使途は変わる。老後の為の貯蓄の多さが目に付くのは、いくらお金があっても安心できない「現代の悲観・将来不安の象徴」のようにも思える。

宝くじに当選したら? 大金の使いみち

宝くじに当選しても「1億円以下の当選金」なら、ディフェンシブな貯金が大半を占めることになるだろうし、物欲が強い人なら高級車・家・家電・衣服などを買ってそれで半分くらいは使ってしまいそうである。子供や親族に分配する人も多いだろうが、独身者あるいは異性が好きな人だと、女(男)で逆に身を滅ぼすタイプも出てきやすい。

ロト7とかビッグとかの5億円、7億円などの高額当選だと、生涯賃金相当のお金を貯金した上で、更に自由に投資・消費に回せる余裕があるので、人生の自由度は格段に高まるが、「寄付・公益事業(慈善事業)・社会的投資に回すほどの社会的意志・思想性」がある人はそう多くはなさそうではある。

子・孫が一定数いる現在の高齢者でも孤独死の可能性は低くないが、50代以下では一つの現実として認知される。加齢と共に会話や他者の希少価値は増すが血縁がいても同居・介護・対話は自明ではなく努力を要す。

孤独死「身近に感じる」4割超す 内閣府調査

孤独死のつらさは一人で死ぬこと自体よりも、老化と共に「他者を惹きつける人間的・社会的な影響力」の衰えを感じやすくなり「家族・血縁以外の他者」との新たな関係の構築・維持が困難になる事にある。不可逆・不可避な死へ接近するプロセスで、それまでの関係や行動の蓄積が問われる重力が、孤独死の概念に内包される。

一人で生まれ一人で死ぬ客観的な事実性を受け容れることに対する「人の情緒的・依存的な拒絶感」が、「孤独死の概念に内包される重力(人生の歴史的・関係的な意味づけの信仰めいたもの)」を生み出す。人生の総括的関係的な歴史性を重視する人ほど孤独死を憂うが、孤独を入念に避ける生き方は別の束縛的重圧の反作用を生む。

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