岐阜県・中学生の少年たちが集団で決闘:暴力の論理と人類の歴史

フィジカルな関係・暴力を好まないデジタル世代やさとり世代とか言われるが、現代でも意外に昭和の少年漫画のような不良の仲間関係や拳で語る的な暴力の論理で動く若者集団も残っているんだな。

決闘容疑で中学生ら書類送検=「凶器使わず」ルール決め―岐阜県警

学校・地域で人数を集め他のグループと決闘するというのは、現代でこそ『野蛮・無知・非洗練』などの侮蔑的概念で揶揄されたり、言語能力・問題解決力の低さを非難されたりするが、国家の軍や暴力団は元より人間社会では古来から『数量的な暴力』で他人に言うことを聞かせる原始的な権力・秩序が機能し続けてはいる。

子供達の頭の中にあった『暴力でガツンと痛い目に遭わせれば相手が自分たちに従って言う事を聞く』という思考様式は、いい年をした大人(国家・武装勢力・企業の指導者)でさえ繰り返している自他の優劣・是非を決定する考え方の型ではある。相手の意志・尊厳を折ろうとする物理・経済・思想さまざまな暴力とそれへの抵抗。

中学生くらいのギャンググループ(仲間集団)では、動物的本能に近い『縄張り意識・階層序列の身分意識・優劣のコンプレックス』が強まることもあるが、精神発達のプロセスで『自分(自集団)と対等な権利・発言力を持つ他者(他集団)』の存在を認めることができるかどうかというのはかなり難しい発達課題なのだろう。

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