NHKの籾井勝人会長の発言と『公共放送の政府との距離』

NHKの籾井勝人会長の人事は、先日健康上の問題で検査入院となった内閣法制局の小松一郎局長の人事にも似ているが、『政府(安倍政権)の代弁者に近い役割を果たそうとする人物』が、『判断・職務の自主自律が前提となる公的組織』のトップに就いたという構造的問題を孕んでいる。

法律・政令・条約案の審査および法令の合憲解釈と調査を担う内閣法制局は、『法の番人』として最高裁判所と双璧を為す法律(法権力)の有効性を調整し判断する機関であり、安倍政権下では『集団的自衛権の解釈改憲(条文改正なしでの日米同盟を前提とする集団安保)』をどのように判断するかに注目が為されることが多い。

内閣法制局長は内閣の一員ではあるが、政府・首相の見解や恣意的な国益の主張に追随して後押しする立場ではなく、『客観的・中立的・立憲的な見地』に立って閣議に付される法律案や行政施策が、現状の憲法と法律に矛盾・違反なく整合しているかを判断しなければならない立場にある。

ここに安倍首相が個人的に交遊が深く価値観も一致しているとされる小松一郎氏を配置したことで、内閣法制局の中立性や前例からの合理的判断に変化が生じるのではないかという疑いが持たれたりもしたが、NHK会長という職務も『公共放送の中立性・客観性・国際性』を担わなければならない立場にある。

NHK会長は本来、自分自身の個人的な政治信条やセンシティブな外交問題に言及すべきではないし、それを言及することによって『NHKの現場・報道・取材レベルでの番組制作(内容のテーマや編成)』に暗黙裡のプレッシャーがかかってしまう。

籾井勝人会長は『政府が右ということを左というわけにはいかない』と発言したが、これは公共放送の最高責任者として『政府のプロパガンダ役・外交上の対立図式を明確にして国民アイデンティティを強化する役割』を引き受けると宣言したように誤解される恐れもある発言だろう。

従軍慰安婦問題について、『今のモラルでは悪いが、戦争をしているどこの国にもあった。日韓基本条約で解決したはずの賠償問題をなぜ蒸し返すのか』という発言をしたが、政治責任者ではない籾井会長が会長就任の場において『緊張を強める日韓関係の外交上の対立的テーマについてとりあえず私見を呈してみること』の意図や影響は小さくない。

短時間の会見では言葉足らずで説明不足にもなるが、何よりNHKの新代表者として臨んだ会見で、『特定の外交問題・歴史問題への自分の思想信条』を開示することは、その下で働くことになる職員たちに『望ましい番組内容の指針・政治問題を解釈する態度の目安』を無言で示しているような効果がある。

『報道・放送・宣伝と政治権力の一体化(マスメディアが作る民族的・対決的・異論排除的な世論)』が引き起こしてきた歴史上の独裁や圧政、全体主義に学ぶことを放棄する報道姿勢は、現代の先進国では通用しない。

中国や北朝鮮、シリア、イランの国営放送のような政府・権力の全面的な後押し(特定の思想・宗教・勢力などを賛美したり仮想敵国を非難したりして異論を許さない世論づくり)の役割をNHKに期待する人はまずいないわけで、『公共放送の判断の中立性・内容の客観性・番組の多様性』を念頭においた所信表明が会長には求められる。

政府が反対する報道を放送すべきではないというのであれば『解釈改憲の軍事・特定秘密関連・公害や薬害(国家損害賠償請求)・原発や公共事業の反対運動・中立的視点での外交問題の批評』などのジャーナリズムにも無言の抑制がかかる可能性がでてくる。

そもそも、NHKのような先進国の公共放送は政府・国益(外国との対立的フレームワーク)のプロパガンダや代弁者ではなく、政府が遂行しようとしている戦争や外交、社会制度、開発などに対しても是々非々で賛成・反対を述べることができるポジションを維持しなければならず、その中立的・民主的な報道姿勢が個別の国民世帯から受信料を徴収することができる根拠(嫌々ながら払う人も含めて大勢の人が安くはない受信料を税のようにして支払い続けている根拠)にあると考えたい。

NHKには受信料(実質の税金に近い料金)を納めている国民の目線と権利を土台にして、『一般的な倫理と法律・客観的な情報と事実・中立的な判断と共感的な人間性(相手の立場にも想像力を巡らせる判断)』に基づいた公共的意義のある番組づくりに期待している。