JR九州の豪華観光寝台列車『ななつ星』の旅

JR九州の豪華観光寝台列車『ななつ星in九州』、1泊2日と3泊4日のコースで“1人38万~55万円”という価格設定はかなり強気で高めなのだが、車両だけの投資で30億円を投じて専従の従業員の教育体制をゼロから強化しているとかで、このくらいの単価にしないと投資の回収計画が成り立たないのだろう。

価格設定が一般基準では高すぎるので、気軽に乗れるものではないが、来年6~7月分までの予約が入っており、今から予約しても来年の8月以降の客席しか取れないという盛況ぶりである。どこまで人気を長続きさせられるか、いったん乗った乗客にリピートしてもらえるかが鍵になってくるが、

不景気だと不要不急の高額商品は売れにくくなるとはいうが、現在の日本は引退し始めた『団塊世代のシニア消費』が活性化し始めており、不景気とはいいつつも『旅行業界』などは意外に賑わっている。今年の年末年始の海外渡航者も史上最多になる見通しであり、旅行やホテル、スポーツ、グルメなどに代表される『体験型・共有型の消費』にはかなりの伸び代があるのではないかと見られている。

バブル期に頂点に達した『所有型・顕示型の消費』が伸びることは考えにくくなっているが、『体験型・共有型の消費』はリーズナブルな商品からゴージャスな商品までのバリエーションが豊富である。ななつ星の話題と切り離して考えれば、必ずしもみんなが高級感・贅沢感を求めているわけでもないので顧客の裾野を広げる余地もある。

『ななつ星』は福岡のニュース番組でも特集が組まれたりしていたが、コンセプトとしては『ゴージャス志向のノスタルジックな列車の旅』『点と点の高速移動ではなく線のプロセスも楽しむスロートラベル』であり、主要顧客層は50~60代の比較的裕福な層である。実際のインタビュー記事などを見ると意外に安定したサラリーマン層(公務員・団体職員)の利用者も多かったようであるが、目的地にひたすら早く着けば着くほど良い(プロセスは面倒くさくて無駄なだけ)という経済成長期の旅の価値観をひっくり返す試みとしては面白いかもしれない。

ただ、福岡県・大分県・宮崎県・鹿児島県・熊本県を回る(長崎県だけ路線の関係で置き去りだが)九州一周旅行にしては、3泊4日では日程が物足りない部分はあるかもしれないが、『観光地・ホテル・食事の良い所取りの旅』としては、疲れが溜まり過ぎないという意味でちょうど良いのかもしれない。食事はどこかの駅の横に、ななつ星の乗客だけが利用できる特別な食材と料理を集めたレストランが新規に作られたり、車内の食堂やカフェのメニューもオリジナルで開発したりと手は混んでいるようだ。

利用者の意見でも『バス移動での観光スケジュールが過密で忙しい』とか『もっと列車内でゆっくり過ごす時間を増やして欲しい』などがあるので、飽くまで観光列車の『ななつ星』でのんびり過ごす時間をメインにして、そこからちょっと周辺の観光地やホテルに赴くというスタイルを望む人が多いのだろうか。列車を離れての観光スケジュールに選択肢を準備すればベストだろうが、そこまで個人ごとの要望のオーダーメイドを受け入れるとなると、より案内や予定管理の人員が必要になって料金も高くなってしまうか。

『列車内の寝台での宿泊』についても、今では新鮮に感じられて楽しい体験だったという肯定的な評価も多い一方、ゆっくり休むのには旅館のほうが良かったという声もあるようだ(旅館泊は3泊4日プランにしかない)。確かに、現在のJRの路線では夜行列車そのものが殆どないし、列車で夜を泊まってから移動するという体験をした人のほうが少なくなっているので(フェリー移動は今でも夜出発で1泊が多いが)、体験の珍しさや新鮮さというのは売りになる。

ここまでの高級路線ではない『泊りがけの列車でのスロートラベル』というのも、新たなニッチ需要を掘り起こせる可能性(寝台の寝心地とか特別感のある弁当・料理のメニューとかの課題はあるが)があるかもしれない。ななつ星のような時間をかけて楽しむタイプの列車の旅も、とにかく早く目的地に着くというリニアモーターカーとは対極にある路線・需要として注目したい。