国民投票法改正で、20歳から18歳へと投票年齢が引き下げ:選挙権年齢・成人年齢との連動と集団的自衛権の解釈改憲

国民投票法は、憲法96条にある『この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする』という改憲の手続きを具体化する要請の中で成立した。

改正国民投票法が成立 憲法解釈巡り付帯決議も

国民投票法改正の施行から4年後に『20歳以上』から『18歳以上』へと投票年齢が引き下げられるが、この年齢の引き下げは国民投票だけではなくて『公職選挙法の定める国・地方の選挙権年齢』と『民法の定める成人年齢』の引き下げにも波及するとされている。

世界的には18歳以上に選挙権を与えている国は多いので、特別な法改正とまでは言えないが、単純に投票権を与えるだけでは『若年層の投票率の低さ+政治意識の低さ(政治経済・公共的な問題についての知識情報の少なさ)』という根本的な問題は改善できないだろう。

超高齢化社会の中で、公的年金・医療制度をはじめとして高齢者層の制度的な権利に配慮した政治が志向されやすいという『世代間格差・政治の高齢化』の問題は、『社会制度の持続性・人口規模の維持・負担と給付の格差(社会保障の再配分後の貧困率)』といった観点でも無視できなくなっている。

18歳からの選挙権付与だけで世代間格差が解決されるわけでは当然ないが、10~30代の若い層だけではなく高齢者も含めて各人が、『自分たちの利益と負担』だけではなくて『社会全体の持続性や負担配分(他の世代の生活状況)』にも多少は想像力を働かせていかなければならないだろう。

政府自身が『集団的自衛権(日米同盟の双務的な実戦レベルでの連携・米国領土や米艦船に対する共同防衛・海外での機雷除去活動)』の大幅な解釈改憲をすることができると明言している状況で、96条・国民投票法に従った『憲法の条文改正』を政府がわざわざ行おうとするのか否か疑問ではある。

国会答弁では安倍首相も、改憲よりも憲法解釈によって直近の安全保障問題や日米同盟の深化要請(米国追随の集団的自衛権)に対処できると答えている。『96条先行改憲(両院の過半数とする改憲の発議要件の緩和)』の与党に都合の良い提案が世論から退けられた現状では、『9条・25条などの個別条文の改正』を発議して否決されるかもしれないリスク(いったん否決されれば長期的に再発議が困難となる)は取らないだろう。

集団的自衛権は国連中心主義や価値観外交とも整合する国家の権利ではあるが、安倍政権は集団的自衛権の範囲を明確に制限しておらず、『米国からの要請に対する諾否の基準』も政権の高度な政治判断に任せる(集団的自衛権は義務ではないので裁量で自己判断できる)としている点は不安である。

実質的には、現在の東アジア情勢における日中関係の緊張(中国の膨張主義)だけではなく、アメリカの世界戦略と深く関与した中東情勢(イラクやシリアの内戦・イランの核開発)・クリミア半島情勢(ロシアのウクライナへの干渉)の緊迫化やアラブの春の軍政(エジプトをはじめとする選挙と議会政治の機能不全)への退行も、日米の集団的自衛権に絡んでくる可能性を排除できていない。

集団的自衛権の行使の必要性を『国際情勢の変化』という抽象的な理由だけで納得することは難しいが、中国・北朝鮮を仮想敵と見立てた上で有事が起こった時に米軍の協力を当てにしているという図式がある。

しかし、政治やマスメディアが『中国の拡張主義の国境侵犯・戦闘機の異常接近・北朝鮮の核開発などの軍事的脅威』を強調する一方、隣国を仮想敵のように設定し合って相互に軍拡・過剰防衛(自己正当化)に走ることのリスクは軽視されている嫌いがある。

アメリカさえ日本に味方してくれれば安心とでもいうような(米国は中国との協力関係も重視しているので日本だけの味方でもないが)、『遠交近攻の勢力均衡』という戦国時代のような牽制(出し抜き)の力学は、地域に持続的な平和や安定を生み出すものではない。軍事力の大小で脅し合う力学を抜け出す志向性も必要であり、近い国との関係改善の外交・交渉の努力も払いながら、『殺し合い(奪い合い)・法の無視』を抑制していく近代的・理性的な価値観の整合性を高めていかなければならない。