平成で子供人口は787万人が減少、職場のいじめ・自殺の問題、裁判員制度と市民意識、寝たきりの親を放置する問題の増加など

○子が労働力で女性の人権・職業選択が抑制され結婚出産が半ば義務でないと、ほぼ全員が3~4人以上の人口増の子供を産む戦前型・アフリカ型の出産構造は有り得ないが、そうしたい現代人がほぼいない。

子ども、平成で787万人減 進む少子化「令和でも…」 (朝日新聞デジタル – 05月04日 17:11) http://mixi.at/a88Ol1n

タンザニアの15歳未満の子供率44.4%は異常な高水準だが、アフリカだけでなく中東アラブ諸国でも30%前後の国が多く、「若者の多さ・仕事の少なさ・所得の低さ」などが「治安悪化・反米やテロの暴力的エネルギー」を生む反作用もある。景気・雇用が十分でないのに子供人口が増えると、治安や人心が荒っぽくなる。

○宇宙ベンチャー「インターステラテクノロジズ」の打ち上げ成功。ホリエモンはライブドアを失ってからもタレント・執筆・ウェブ・投資など多角的な収益構造はあるのだろうが、宇宙事業を継続できるのは凄いな。

「ホリエモンロケット」打ち上げ成功 3度目の挑戦 (毎日新聞 – 05月04日 07:02) http://mixi.at/a883xCA

宇宙探索と生命科学というのは、人類の知性・技術に残された最後のフロンティアではあるので、知識として学ぶだけでもエキサイティングな分野や理論は確かに多い。だが宇宙ベンチャーは単純に考えて「顧客からお金を取れるビジネスモデル構築」が数十年単位では無理そうで、金儲けの面では半分道楽(好きでやる仕事)だろう。

○工事現場の風土・人間関係への適性(暴言の受け止め方)もあるが、生真面目で叱責を気にして自分を責める21歳の青年で過労状態が続いていると、自殺までしないにしてもうつ病発症等は十分有り得る。

強い叱責、ダム湖で21歳死亡 元請け側による労災認定 (朝日新聞デジタル – 05月04日 13:56) http://mixi.at/a88NI5s

石の上にも三年とは言うし、工事・土木建設の現場には口の悪い人や気性の激しい人などがいる可能性は少なからずあるだろうが、その種の風土や口調、人間関係に慣れてないとおじさん世代でも怒鳴られたり凄まれたりするとストレスにはなるからな…他人事なら何とでも言えるが、当事者として上下関係に組み込まれると面倒かも。

職場・職種・雰囲気の大まかなカルチャーや人間関係への適応度の問題で、自分自身のメンタルやストレス耐性の限界を知って対処できればいいが…若くてまじめな人だと「ここで辞めたら逃げ癖がつく・仕事はどこでも厳しい」という考えからうつ病・自己否定に至っても気合で出勤を続けて、突然蒸発してしまうケースもままある。

しかし、仕事というのも「和気あいあいとした雰囲気の会社・女子社員と雑談しながらできるような仕事」もあれば、「殺伐とした怒声が響き渡るような会社・一切の私語ができない事務所・強面のおじさんばかりの仕事」もあって、たかが仕事されど仕事であり、どこに就職するかで天国もあれば地獄もあるものだ…

○20世紀半ばまで大衆の貧困・無知が前提で「生きる為の犯罪・身分格差(生来的格差)・喧嘩の道義」に情状酌量・同情が寄せられやすかったが、80年代以降は大衆心理・時代背景が変わった影響がある。

裁判員制度「市民と裁判官、感覚違う」 経験者の46% (朝日新聞デジタル – 05月09日 10:12) http://mixi.at/a8d6VUJ

裁判員制度に実際に参加している人に、そこまで感情的にむちゃくちゃな死刑求刑(同害報復)を言い張る人がいないように、現代人は無作為にサンプリングしても法律・裁判・量刑判断のルールを理性的に理屈で理解できる程度の人を集められる。現代では「機会平等の前提・義務教育以上の知性」が建前として共有されている。

結果、現代では「貧困や無知のために犯罪を犯した・生来的な格差や身分的な屈辱で犯罪に追い込まれた」という人は実質的に存在しないという認識が広がった。平たく言えば「犯罪を犯す人はどんな事情があっても自己責任で厳罰で良い・同じ境遇でも犯罪を犯さない人がいる」という中流社会的な犯罪憎悪・犯罪異端視が強まった。

裁判員制度で目立って厳罰化傾向が強まったわけではないが、日本社会の国民感情として厳罰化機運は強まっていて、下手すれば故意や悪意のない過失致死の事案まで「死刑でも良い・結果が全て」の意見が出ている。だが逆に極端な厳罰化を唱える人は、自分も自己責任原理(社会的疎外)による圧迫を受けている可能性が高い。

20世紀半ば以前の時代には「犯罪者にも一分の理」が認められやすかったが、それは貧困や無知、擬制身分(生来格差)によって「加害者の境遇・心理」にも情状酌量・一定の理解が寄せられやすかったからだが、現代では経済はともかく意識・理性の中流化が起こり「被害者の立場」以外では考慮しない人も増え逆転が起きた。

貧困や無知が関係した事件も多かった昭和中期以前には、「加害者(犯罪者)も社会・環境・階層身分の犠牲者」といった見方も強かったが、現代では「どんな境遇・事情があっても他人や社会のせいにしてはいけない」の強い自己責任原理に賛同する人が増えた。処罰感情の強まりと被害者になる恐怖と関係した社会変動だろう。

○高齢の親を寝たきり状態で放置(餓死)と死後に放置(死体遺棄)は異なるが、現代では同居家族がいて寝たきりになって家で衰弱死する場合、よほど迅速に救急車を呼ばないと罪に問われる恐れがある。

寝たきりの母親を放置し死亡させた容疑 40歳息子を逮捕 岡山 (毎日新聞 – 05月09日 11:55) http://mixi.at/a8dU1iE

寝たきりになって食事・排泄ができなくなった場合、一人暮らしならそのまま衰弱死しても何も問題ないというか、動けなくなれば孤独死的に衰弱して脱水・栄養不足で死ぬことにはなる。しかし、配偶者・子孫がいて「食べられるうちは食べさせて、食べられなくなれば自然に任せる」だと保護責任者遺棄致死となるのだろう。

段階的に弱っていくプロセスがある死に方だと、自宅における自然死(病院・介護施設などが介在しない自然死・衰弱死)が許されない矛盾はある気もするが、現代では自宅で自然な死を待つことも犯罪ということにはなる。食事ができなくなれば、本人が何もしなくていい、自然に任せると言っていても救急要請が必要にはなる。

寝たきり状態になった場合でも、定期的に医師や介護士、看護師などの第三者に診察・介助・健康チェックなどをしてもらうべきで、実態がブラックボックスになる家族・家庭での自然死・衰弱死というのは基本的に許されないと考えるべきだろう。長期に通院・介護サービス利用もしてないことからこの事件では経済要因もあったか。

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