映画『悪の法則』の感想

総合評価 80点/100点

『悪の法則』の英語版の原題は“The low of evil”ではなく“The counselor”なのだが、カウンセラーだと日本語の語感では『心理的な問題や悩みを抱えた人たちを各種の検査・理論・技法を用いてケアする専門家』といった意味に受け取られてしまうため、題名を『悪の法則』と変えているのだろう。

作中で主人公のマイケル・ファスベンダーが演じる弁護士は、マフィアの強面の連中から『カウンセラー』と呼ばれて一目置かれている。冒頭でフィアンセのローラ(ペネロペ・クルス)と、猥談でいちゃつくベッドシーンが5分くらいのかなり長い間尺で流されるが、優雅で豊かでエロティックなセレブの日常の背後を流れる『ブラックマネーの魅惑・恐怖』を描いた映画であり、ローラとの幸福な日常はGreed(強欲)によって侵食され破壊されてゆく。

カウンセラー(マイケル・ファスベンダー)はまっとうな弁護士としての仕事の稼ぎで満足することができず、友人の陽気で太っ腹な実業家ライナー(ハビエル・バルデム)が持ちかけてきたメキシコ・マフィアが管轄するコカイン密輸に関連した法務処理の相談役の仕事を引き受ける。

ライナーは美男美女を高級車をずらり並べた豪邸に集めて、飽食とセックス、娯楽に明け暮れ、地元の顔利きとして権勢を振るっているが、自らの栄耀栄華がいつ終わってもおかしくない刹那のものであることを裏社会の住人として自覚してもいる。

ライナーの恋人マルキナ(キャメロン・ディアス)は、高級車のウィンドウに跨って自慰をするなどファンキーな役どころだが、アフリカのサバンナで獲物を狩るチーターを見て恍惚とするなど、裏社会の弱肉強食・生殺与奪(偶然の運で生きるか死ぬか)の原理のイコンとして配置されている。コカイン紛失事件で失脚(制裁)が確実となったライナーを、マルキナは即座に切り捨てて、次の仲介事業者にターゲットを切り替えていく。

安全な立場から裏社会に関わっているような顔をしている友人のカウンセラーに対して、ライナーは『お前はモビートという道具を知っているか』という意味不明瞭な質問を発し、その道具は『ピアノ線をモーターで力強く巻き取る仕組みで、首にいったんひっかけられたら頚動脈を切断するまで止まらないメキシコ・マフィアが好む暗殺の道具』なのだと教える。

簡単なアドバイスを与えるだけで、通常の弁護士業務の何十倍もの大金が転がり込み、当局さえも威圧するメキシコ・マフィアの権威を借りて肩で風を切って歩ける、あっという間にカウンセラーはブラックマネーに潤された爛熟したセレブ生活にどっぷり浸かってしまう。自分自身が『一つのミス・誤解』で命を消される危険な世界に身を置いていることを忘れてしまい、大金を稼ぎ続けた後に速やかに手を引いて、婚約者のローラと悠々自適の生活に入れるというような夢想を楽しんでいる。ローラのために大枚をはたいて大きなダイヤモンドを嵌めた特注の婚約指輪を購入したりもする。

裏社会の手練手管を知り尽くした麻薬ブローカーのウェストリー(ブラッド・ピット)は、カウンセラーに『今まで消されていった前任者のカウンセラーの不吉な話』をするが、メキシコ・マフィアの一番の怖さは『失われたカネ(麻薬)の責任は同額のカネ(麻薬)でしか贖えないということ』と『欧米のような豊かな世界の人権・法律の感覚など一切通用しないということ(人命の価値は紙よりも薄く軽いためすぐに何人でも殺されて警察当局もまともに動かないということ)』だという。

不吉なマフィアの制裁の話の後に、担当するメキシコ・マフィアから『2千万ドル相当のコカイン紛失』が伝えられ、ウェストリーはすぐに身元を隠しすべての財産を捨ててでも失踪するしか助かる道はないと述べ、自分自身も必死の逃走を図る。カウンセラーは悠長に『事情を話して調べてもらえば身の潔白を証明できる』などと語るが、ウェストリーは『何が事実なのかが問題なのではなく、カネ(麻薬)が無くなっていることだけが問題であり、一切の釈明は無駄で殺されるだけ』と苦笑して去っていく。

専門家としてマフィアから厚遇されていたカウンセラーの立場から、麻薬カルテルから大量のコカインを掠め取った裏切り者の暗殺対象へと立場が急転し、婚約者のローラにもマフィアが差し向けられる。友人のライナーもカーチェイスの果てにあっけなく射殺されてしまう。マフィアの追手をまいたとオフィス街で安堵しかかったウェストリーは、前方からジョギングで接近してきた男から、金属の輪っかを首にかけられモビートの死の自動巻きが始まってしまう。

終わりなき麻薬戦争と国家権力をも絡め取り警察をも買収する巨大なドラッグマーケット、現在進行形でメキシコでは『麻薬カルテル撲滅』を主張する政治家・警察官僚が暗殺されたり、組織間の抗争や報復(取締強化を訴える当局への威嚇)で膨大な人々が残酷な手法で殺されているが、コロンビア、ペルー、エクアドル、メキシコなどを経由する麻薬ルート根絶は未だ果たせていない。

過去にはエスコバルなど司法をも買収しようとした麻薬王の突出した大物(地方の麻薬産業を牛耳って収入を与えられている地域住民から支持される独立的な権力者に相当する人物)もいたが、現在ではより麻薬カルテルの権力と資金力が分散し、マフィアの武装も高度化して当局との癒着もあるため、一つの麻薬カルテルを撲滅しても次位にあるカルテルが台頭してきて切りがない。