張成沢を粛正した北朝鮮は“マフィア国家”というより“前近代の専制主義+個人崇拝型の共産主義体制”

故金正日の義弟で北朝鮮(金正恩体制)のナンバー2と目されていた張成沢(チャンソンテク)・前国防委員会副委員長が、12月に入ってから突如失脚して間もなく粛清(処刑)されてしまった。

「北朝鮮はマフィア国家」古屋拉致問題相、張氏処刑受け

金正恩の後見役として『金正日体制からの権力継承』に成功したと見られていた張成沢だったが、この粛清によって北朝鮮が最高権力者個人(第一書記)と第一書記を領導者として担ぎ上げる軍部に支配された『擬似的な王朝体制・専制主義国家』であることを改めて示した。

共産主義(人民共和国)を詐称する擬似王朝(擬似帝政)である北朝鮮においては、ナンバー1(第一書記の最高権力者)以外のナンバー2や3、4の席次の権力・権威・党内の影響力には『暫時的・委任的な意味合い(第一書記から与えられた形の権限)』しかなく、第一書記の判断ひとつで2番目の実力者でも3番目でも即座に首が飛ばされたり、本当に生命まで奪われてしまう危険な独裁体制である。

この点が同じ共産主義国家でも、党内の席次主義・官僚主義の政治体制をベースとして『個人崇拝・国家主席の世襲』を禁じている中国との最大の違いである。一切の手段を選ばずに膨大な人民・党員を粛清した怪物的な独裁者・毛沢東でさえもその地位と権力を自分の子・孫に世襲させることはなかったし、血縁者の一族で権力を掌握し続けるつもりが初めからなかったとも言われ、自らの子を国共内戦で死なせたり、妻の江青含む五人組と苛烈な権力闘争を繰り広げた。

習近平のような中国の最高権力者はどんなに権力を自分やシンパに集中させても、『終身の国家主席』になることは中国共産党の法と慣例で禁じられており、その席次主義は実力・支持によって可変的に動く仕組みになっている、北朝鮮のように『法・慣例の上に個人や一族が立ち続けて何でもできる体制』が作れないようになっている。

張成沢が朝鮮労働党のすべての職務を解任され、称号・名誉を剥奪され、党から完全に除名されるという屈辱の処分を受けたことでメディアが騒いだが、事はそれだけで収まらなかった。金正恩の父である故金正日の幼馴染で信任の厚い側近であった張成沢が、即席の特別軍事裁判に掛けられて12月12日に即日で死刑が執行されるという急展開となった。

罪状は金正恩体制を謀略・外患誘致で転覆して自らが権力を握ろうとした『国家転覆陰謀行為』の罪だという。北朝鮮では最高に重い犯罪行為のようだが、即時の死刑判決が下されて、北朝鮮の公共放送は張を『人間のクズ・犬コロよりも劣った畜生』などむちゃくちゃな言葉使いで罵っていた。

『王朝・国王(皇帝)への反逆者や謀反人』がこういった全人格の否定をされて侮辱・罵倒されたり一族全体が誅殺されたりするのは、北朝鮮が実質的な専制主義国家で民主主義どころか法治主義でもないことの証左であるが、『張成沢の処刑』の主導権を金正恩が直接取ったのか、軍部強硬派からそそのかされたのかは外からは全く分からない。

金正恩は絶対的な最高権力者ではあるが、『年齢の若さ・党歴の短さ・軍の直接的掌握』を考えれば、『軍部の取り巻きの勢力(反張成沢・反対話路線の勢力)』と無関係に張成沢を失脚させて処刑したとも考えづらい。金正恩の個人としての判断があるとすれば『張成沢に後見される権力構造』よりも『軍強硬派に担がれる権力構造』により魅力と可能性を感じたか、叔父の張成沢が専横めいた接し方(父親・先輩ぶった態度で金正恩を子供・未熟者扱いするような対応)を金正恩にしたかだろう。

張成沢の粛清の直接の原因は不明だが、『軍強硬派との思想的・外交的な軋轢』あるいは『軍部の経済利権・外貨利権の簒奪』があったとも見られており、そこに『叔父の張成沢の存在や干渉が煩わしくなってきた金正恩の思惑』が重なったことで即時処刑の流れが固められたのかもしれない。張成沢は対話路線の政治家というわけではないが、ミサイル外交や核兵器開発の先軍政治よりも『北朝鮮の経済再建路線・経済特区や市場経済の改革路線』に北朝鮮のプレゼンス向上の可能性を見ていたともされる。

国際社会を武力で恫喝することで利益を引き出せると考える軍の過激な対外強硬派からすると、張成沢は軍事的挑発の抑制(経済再建の優先)を訴えてくる目障りな存在だったとの記事もあり、張成沢の失脚・処刑が日本や東アジアの外交状況に与える今後の影響が懸念される。