中秋の名月・スーパームーンを観賞した:天体としての月の幻想性・科学性

自然公園を歩きながら中秋の名月を眺めたが、自然光というより人工の照明灯のようなまばゆい明るさが印象的だった。強い明るさからスーパームーンという和風ではない英語の響きもしっくりくる。今夜(9月28日)もスーパームーンが見えるかな。

満月に腰かけて 中秋の名月、各地の空に

スーパームーンの光度の強さは特別だが、月はその陰影ある明るさが『幻想的・詩情的』な地球の衛星だ。幻想的であると同時に、アポロ計画に象徴される人類の科学文明で唯一到達できた『現実的な天体』でもある。宇宙の無限の広がりに対し、人類の知性・技術が微かに掴んだ『有限距離の実感』は、可能性の力感でもある。

アポロ11号による有人月面着陸で、ニール・アームストロング船長が『これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である』と語ったが、最後の人類の月面滞在はアポロ17号の1972年、ポルノグラフィティの歌にあるように僕の世代の人間は誰も生まれていない遠い過去である。

富裕層向けの『宇宙旅行ビジネス(とはいっても地球周回軌道での近い宇宙)』が普及する可能性は以前から言われているが、国家予算を組んでの有人宇宙探査の分野はアメリカでさえ縮小傾向で、現実的なメリットが見えにくいので先細りしやすい。宇宙の中の地球・人類というスケールは、人の現実適応の射程を超えてはいるが。

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