マイナンバー制度施行と確実な所得補足・ブレンディのCMのブラックユーモア

税と社会保障の一体改革や確実・公正な所得補足の流れから、マイナンバー制度施行は進められた。だが、『社会保障の申請・健康保険の使用・確定申告されにくい型の仕事の捕捉・金融資産の監視』と紐付けられるマイナンバーは、やはり国から経済生活を監視されている(逃げ場なき運命共同体の)という現実を再認させられる窮屈さもあるなと思う。

『国民の資産・所得と税・保険(納付履歴)・勤務先(事業所得)』などの情報を、固有番号で一生涯にわたって監視するマイナンバー制度には、確かに総家畜化という概念を使いたくなるような圧迫感・被拘束感はあるが、『行政事務の低コスト化・効率化』とバーターになってくるのだろう。政治が、余計な箱物や国家的イベントに無駄金を湯水のように注いでいるので、余計に『遺漏のない徴税』には不満も出やすいが。

国会議員や財務官僚の『税源・国債を当てにした公共事業』は長期的展望がなく社会保障予算を前倒しで使い込む形になりやすいところが問題である。『マイナンバー制度による税収増』で追加的な放漫財政や公共政策(東京五輪も含め)がいつまでも許容されるようなことがないように願うが…安倍政権の『一億総活躍社会』で、国民が更に労働強化・増税で酷使されそうな雲行きにも感じてしまう。

http://jin115.com/archives/52100452.html

このAGFのブレンディCMはコーヒーの販促というより、『家畜化・選別化される若年層』や『若い女性の性的商品のメタファー』というブラックユーモアの苦味・グロさのアクが強いな。このCMを見ても、コーヒーを飲みたくはならないし、特定層を不快にする社会風刺の効いたCMなのだろうか…

家畜の牛の進路選択として、『屠殺・食肉』の用途もある(というか肉牛はそのために生産されているわけですが)というのは現実の一面ではあるが、現代の少子高齢化で労働力として活躍することが強く期待されている若者たちが、イメージとして牛と重ね合わせられるのは残酷な描写である。確かに胸に迫る悲観的予測の感慨もあるが、ブラックユーモアと性的メッセージが濃いのは企業CMとしてはアウトでは……。

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