「恋愛・結婚」カテゴリーアーカイブ

嫉妬の心理、DVに遭いやすい女性の特徴、栗原勇一郎の虐待殺人とDV、AV出演強要問題など

○嫉妬の大小は気質・性格も関係するが、コミュニティや人付き合い、価値観、生き方の影響が大きい。世間体重視で頻繁に人付合い(近況報告)をして中流的な暮らしを営む意識が強いと嫉妬は芽生えやすい。

嫉妬心は男女間、恋愛関連だけではない…同性に抱いてしまった「嫉妬心」との付き合い方 http://mixi.at/a8hwyvg

適度な嫉妬心がある方が、ある意味で社会のメインストリームを歩いていて、「仕事・家庭・夫婦や子供・美貌」などで何とか所属コミュニティの平均以上に位置づけようと努力している人とも言えるが、過剰になると心身に不調が起きたり人間関係のトラブルになる。他人が気にならない人は「自分の世界に没頭できる人」でもある。

「他人がほとんど気にならない人・嫉妬もほとんどない人」は確かにいるが、そういった人は自営業だったり職場の人に恵まれていたりで、「自分より上の立場からものを言ってくる(嫌な物言い・自慢・皮肉等をしてくる)相手との関係」がそもそも少ないことが多い。嫉妬が多い人は、環境・周囲の人の発言の影響も大きいだろう。

○DVに遭わない女性は遭わない気質・性格をしていて、選択眼が無意識にDV気質の男を排除する。もしくはDVに遭ったとしても初めの一回で即座に弁護士に相談・離婚などゼロトレランスである。

母親、起訴内容認める=夫の暴力止めず-小4女児虐待死で初公判・千葉地裁 (時事通信社 – 05月16日 14:31) http://mixi.at/a8kWF7m

DVをする男性は「DVを受容する女性の見極め」に優れていて、またそういったDVをしても泣き落しや脅しで許してくれる女性が好みのタイプでもある。

基本的に、男女関係や夫婦関係を対等なものとは認識しておらず、「主従関係・上下関係・母子的関係」など歪んだ図式で解釈して下位の役割を段階的に押し付ける。

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岩倉具視が構想した「王政復古の大号令」の雑感、基礎年金納付免除の3号被保険者について、一途過ぎる男は別れる時のトラブルが多い、暴言夫のモラハラなど

○幕末の薩長と岩倉具視が主導した「王政復古の大号令」の歴史的意義は、当時最強の実力を持つ400万石の大大名だった徳川宗家・徳川慶喜を完全に新政府から追放する事に成功したことにある。大号令前の朝議に、徳川慶喜と松平容保(会津藩主)らも招集されていたが、暗殺を恐れて参加しなかった事で、大義名部を奪われた。

1867年の段階で、徳川慶喜が京都御所に参内した場合、薩摩藩に暗殺される可能性は確かにあったが、当時はまだ慶喜シンパの土佐藩・山内家や親藩の尾張藩・越前藩が詰めていて、長州は処分を解除されていなかったので、徳川幕府に味方する勢力もかなりいたのである。土佐・尾張・越前は徳川を政権に参加させたかった。

だが岩倉具視が構想した「王政復古の大号令」は、「旧幕府・旧朝廷の身分と権限の無効」を宣言する事に成功した。明治天皇の名前を出し「摂政・関白・幕府の廃止」と「総裁・議定・参与の設置」を決定し、旧幕府(徳川家とそのシンパ)・旧朝廷(五摂家)を一挙に新政府中枢から排除し薩長と岩倉が牛耳れる仕組みを敷いた。

天皇を神のような立場に擬制した一君万民は、幕府であろうと五摂家であろうと、天皇以外はみんな同じ人民であるという建前を作り上げた。本来であれば幕府・朝廷で高位に上がれない身分の薩長の功労者や岩倉具視ら下級貴族が、天皇親政と委任の建前で新政府の実権を握れるようになった。徳川家を「賊」とする動きを強めた。

土佐藩の山内容堂は、徳川幕府に先祖代々、恩義を感じてきた家柄で、ギリギリの段階まで徳川家を新体制に組み込むべきと主張して、それに越前藩の松平春嶽、尾張藩の徳川慶勝らも賛同の構えを見せていた。特に徳川家から身分も領地・財産も全て剥奪する「辞官納地」に反対し、内戦より徳川家を体制に組み込みたがっていた。

西郷隆盛は倒幕の功労者とされるがその歴史的役割の一つが、徳川家取り潰し(辞官納地)の御前会議で威圧的な存在感を示した事にあった。土佐藩の山内容堂、越前藩の松平春嶽、尾張藩の徳川慶勝という大大名が徳川家取り潰しに反対する中、西郷は岩倉に「短刀一振りあれば賛成させるに十分でごわす」と耳打ちしたという。

西郷隆盛は徳川家取り潰しを決定する小御所会議で、「短刀一振りの話(端的にはこのまま反対するならこの場で殺す・3000の薩摩藩兵が囲んでいる)」をして、小休止後にそれまで反対していた山内容堂・松平春嶽・徳川慶勝が急に意見を翻し、辞官納地で徳川家は新体制に加えず、没収に反対すれば賊軍とすることを決めた。

とはいえ、当時、最大・最強の大名で近代化を進めた軍隊も持つ徳川家が簡単に屈服するはずはなく、徳川慶喜は大政奉還して征夷大将軍も内大臣も返上したものの、領地については一部だけを献上すると返事するに留めて、400万石と大軍は温存していた。英仏に対しても、慶喜は徳川家が外交権を持つと説明していた。

○基礎年金免除の3号被保険者は、女性の90%以上が結婚・出産して過半が扶養範囲内のパートだった時代の名残で、「女性の就労率・独身率・離婚率の上昇」で不公平感は出る。

「働く女性の声を受けて”無職の妻”の年金半額案検討」記事に批判続出 ハッシュタグ「働く女性の声」に寄せられたリアル http://mixi.at/a8b9T6f

3号被保険者の不公平感が無かった時代は、過半数の女性と家庭が「3号被保険者制度による恩恵」を受けられた時代である。更に「働きたい女性でも男性並みには働きづらかった時代(一部のエリート・専門職・公務員を除き)」であり、非正規の仕事をしても会社から「扶養範囲を超えない年収での働き方」を半ば強制された。

非正社員で働いている女性で夫の扶養から外れて、自分で厚生年金を納めたり会社の健康保険に加入することは、できるとしても基本的に「やめておいた方が得(税と社会保険の負担が重くなり、途中でやめたら翌年が大変)」という価値観が共有されていた。今の若い世代は共働きがデフォルトで未婚率も高く前提が共有できない。

また、長期に3号被保険者でい続けることは、一見、楽なポジションに見えるが、若い層になるほど「男性一人の収入に依存するリスク」を認識しやすく、20代の平均所得では女性が上回っているので、「完全に仕事を辞める選択」はしづらい。また10年以上結婚して離婚すれば、その後の仕事・収入・年金のリスクが広がる。

良くも悪くも、男性の平均所得低下(単独で長期扶養困難)や未婚率晩婚率・離婚率の上昇、単身世帯増加などで、「夫婦単位・世帯単位の年金を含む人生設計」の前提が成り立たなくなってきて、「個人単位の年金・仕事・人生設計」の意識が強まっている。夫婦だから二人セットで困らない年金制度を考える前提が崩れてきた。

3号被保険者について「年金を払わなくても十分な金額がもらえる誤解」があるが、「あくまで夫と離婚せずに連れ添って、夫側の厚生年金(共済年金)と合わせれば普通の老後生活ができる金額」に過ぎない。3号被保険者は基礎年金(国民年金)のみなので、40年納付と見なされても月額6万円台しか貰えず、厚生年金はない。

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中村俊介の結婚相手に求める条件の多さ、セブンイレブンの成長の限界はどこか?、仮想通貨価格が上昇トレンドになど

○「イケメン(有名人)・高所得」で結婚願望が強く謙虚な人なら既に結婚している。中村俊介氏のような男は「本当は結婚願望がない・非現実的な理想が年齢で余計に遠のく」のいずれかだろう。

中村俊介 “結婚相手”への厳しすぎる条件 マツコら騒然「料理ができないこと自体、女と思ってない」 http://mixi.at/a8cg17t

確かに中村俊介氏は40代男性としては平均を超えたイケメンで高所得者に入るが、40代だけで「婚活市場にいない若い女性」はどんなにイケメンでも恋人・結婚相手の範疇に入れないこともあり(マッチングサイト系なら初めから検索条件に入れないので画面に出ない等)、イケメンであっても年齢要因は意外に軽視できない。

年齢相応の落ち着いた相手や関係、地道な結婚を現実的に求めることに本気レベルの興味と熱意がなければ、どんなに条件が良い女性が来ても結婚できないという話では。「料理ができる女性」を特別重視しているようなので、その辺は結婚願望が強い男の特徴でもあるが。結婚願望がない人ほど料理は余りポイントにならない。

男でも女でも30代後半~50代になりそれなりの恋愛・異性経験があれば、まして中村俊介氏ほど若い頃は良い女にもちやほやされたであろう人だと、「付き合ったり結婚したりで得られる幸せ・快の量」が予想できるだけに、余計に真剣な恋愛・結婚が遠のく。「相手のために滅私で生きる」という方向転換がないと無理だろう。

異性関係に限らないが仕事・学問でも趣味でも何でも、それなりに経験のある人間が、年を取るということは、「世間擦れして、刺激に鈍感になること」でもあり、「メリットを忘れてのめり込むような異性・恋愛・結婚」などを期待してもまず無理だろう。ある意味、婚活的・現実的な人生設計や老後の孤独不安など計算要素が要る。

ただ「当たり前の平穏な日常生活」に一定以上の高い価値を感じられる人でないと、中村俊介氏的な立場・境遇だとなかなか本当に結婚しようとする動きに出ないし、動きに出ないほど若い頃にイケメン云々であっても、年齢要因で「本当に理想・好みに合致した相手」は余計いなくなっていく。贅沢やわがままを言えば切りがない。

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平成で子供人口は787万人が減少、職場のいじめ・自殺の問題、裁判員制度と市民意識、寝たきりの親を放置する問題の増加など

○子が労働力で女性の人権・職業選択が抑制され結婚出産が半ば義務でないと、ほぼ全員が3~4人以上の人口増の子供を産む戦前型・アフリカ型の出産構造は有り得ないが、そうしたい現代人がほぼいない。

子ども、平成で787万人減 進む少子化「令和でも…」 (朝日新聞デジタル – 05月04日 17:11) http://mixi.at/a88Ol1n

タンザニアの15歳未満の子供率44.4%は異常な高水準だが、アフリカだけでなく中東アラブ諸国でも30%前後の国が多く、「若者の多さ・仕事の少なさ・所得の低さ」などが「治安悪化・反米やテロの暴力的エネルギー」を生む反作用もある。景気・雇用が十分でないのに子供人口が増えると、治安や人心が荒っぽくなる。

○宇宙ベンチャー「インターステラテクノロジズ」の打ち上げ成功。ホリエモンはライブドアを失ってからもタレント・執筆・ウェブ・投資など多角的な収益構造はあるのだろうが、宇宙事業を継続できるのは凄いな。

「ホリエモンロケット」打ち上げ成功 3度目の挑戦 (毎日新聞 – 05月04日 07:02) http://mixi.at/a883xCA

宇宙探索と生命科学というのは、人類の知性・技術に残された最後のフロンティアではあるので、知識として学ぶだけでもエキサイティングな分野や理論は確かに多い。だが宇宙ベンチャーは単純に考えて「顧客からお金を取れるビジネスモデル構築」が数十年単位では無理そうで、金儲けの面では半分道楽(好きでやる仕事)だろう。

○工事現場の風土・人間関係への適性(暴言の受け止め方)もあるが、生真面目で叱責を気にして自分を責める21歳の青年で過労状態が続いていると、自殺までしないにしてもうつ病発症等は十分有り得る。

強い叱責、ダム湖で21歳死亡 元請け側による労災認定 (朝日新聞デジタル – 05月04日 13:56) http://mixi.at/a88NI5s

石の上にも三年とは言うし、工事・土木建設の現場には口の悪い人や気性の激しい人などがいる可能性は少なからずあるだろうが、その種の風土や口調、人間関係に慣れてないとおじさん世代でも怒鳴られたり凄まれたりするとストレスにはなるからな…他人事なら何とでも言えるが、当事者として上下関係に組み込まれると面倒かも。

職場・職種・雰囲気の大まかなカルチャーや人間関係への適応度の問題で、自分自身のメンタルやストレス耐性の限界を知って対処できればいいが…若くてまじめな人だと「ここで辞めたら逃げ癖がつく・仕事はどこでも厳しい」という考えからうつ病・自己否定に至っても気合で出勤を続けて、突然蒸発してしまうケースもままある。

しかし、仕事というのも「和気あいあいとした雰囲気の会社・女子社員と雑談しながらできるような仕事」もあれば、「殺伐とした怒声が響き渡るような会社・一切の私語ができない事務所・強面のおじさんばかりの仕事」もあって、たかが仕事されど仕事であり、どこに就職するかで天国もあれば地獄もあるものだ…

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AT車になって交通死亡事故が増加しているわけではない、高齢者になっても好かれるためのポイント、安価な合葬墓の増加に悩む寺など

○AT車がほぼ無かった1970年に交通事故死傷者の一次ピークがあり「98万1096人」が死傷、10万人当り「16.33人」が交通事故で死んだ。AT車ばかりの2017年は「2.91人」で交通死亡事故は激減している。

なぜ、AT車はブレーキの踏み違いが多発するのか。その対策を考える (HARBOR BUSINESS Online – 05月07日 08:40) http://mixi.at/a8bkbtF(05月07日)

高齢者の事故が多少増えているとしても、統計的には交通死亡事故は1970年代からほぼ一貫して減少トレンドにある。現在でも数字的には非高齢者の死亡事故が多く、AT車普及と道路整備によって逆に交通事故は減ったと解釈するのが正しい統計の見方だ。昔はネットがなく人権も低かったため、そこまで騒動にならなかった。

確かに、高齢者から免許を取り上げ、大型車のMT車率を高めれば、わずかに死亡事故は減少するかもしれないが、10万人当り2.91人の交通事故死亡率というのは、世界的に見ても低い水準で日本が特別に交通死亡事故の頻発地域という見方は正しくない。平和な時代、人権意識の高いネット社会で、他の話題が減った影響。

近未来においては、ヒューマンエラーをゼロにする全自動運転車、道路インフラのAIによるシステム管理が行われることになり、交通事故は限りなくゼロに近づくかもしれない。

現代人は、意識の上で事件事故が一件でも起こってはいけないというゼロリスク社会を実現したいと思っているので、最終的にシステム管理に移行しそう。

http://jafmate.jp/blog/news/180115_4.html

交通死亡事故の統計的推移の記事。70年は約6124人に1人が交通事故で死亡していた。それが17年は、約3万4364人に1人の割合となった。交通事故死する確率が5.6倍も低くなったということで、それだけ安全になった。

○現代では人(世間)から良く見られる「良し悪し」の価値が落ちて、自分の感性・感情に基づく「好き嫌い」の価値は上がったが、「好き嫌い」のみで順風満帆・平均以上を長期継続できる人はある種の天才でもある。

あなたは「良し悪し族」? それとも「好き嫌い族」? この違いが人生を左右する! http://mixi.at/a8aXvSx

○高齢になって家族に好かれる人と嫌われる人は確かに分かれる。好かれる典型的な父は「口は出さないが金は出す頼れて話せる親父」ではある。

66歳男性が風呂場で涙… 友人もいない老後を憂う相談者に鴻上尚史が指摘した、人間関係で絶対に言ってはいけない言葉 (AERA dot. – 05月06日 16:00)  http://mixi.at/a8a5Qo4(05月07日)

嫌われやすい高齢男性の典型的タイプは、中年期以降からの積み重ねも含め、「話題・行動・人間関係が自己中心的かつ他者否定的な人」になる。特に家族から嫌われる人は、DV・借金・不倫など問題があった人は当然だが「家族を貶める人・悪口や批判、自慢を言い続けた人(会話すると気分が悪くなるのイメージ)」だろう。

中高年男性は幸運や人に恵まれた人、家族や周囲に恩恵を与え続けてきた人を除けば、基本は孤独になりやすい。孤独を回避したければ「自分が寂しいから行動する」のではなく「自分を必要としてくれる人・場のために役立ちたい」がなければ難しい。高齢になると自分を認めたり心配したりしてほしい気持ちが前に出れば嫌われる。

ある程度の年齢になって家族から徹底的に嫌われていたら(目も合わせない・話もできないなら)、諦めて一人で楽しむ方向で模索し、時々の関係を前向きに楽しんだ方がいい。自分が良いと思う人に好かれることは不可能だが「自分を必要とする場所・人」は必ずあるので、自分の楽しみや承認を二の次にして貢献すれば人は寄る。

というより、66歳でハッと気づいて、改めて孤独や疎外に苦しむのは、人生観や人間関係の洞察・見通しに甘さがある。それまでの人生で家族やきょうだいに特に好かれているわけでもなく、自分がその人たちを笑顔にするために積極的に貢献してきてないなら、退職したからといって急に集まってきてワイワイ過ごすはずがない。

極論すれば、人は直接的にせよ間接的にせよ、何らかの魅力・メリット・楽しさ・恩義・負い目・運命などをその相手に感じていないと、自発的に中高年になってから近寄ってきてあれこれ世話を焼いたり機嫌を取って遊び相手になってくれるはずもない。そうしたいなら、そうしたい生き方を実践していなければならない。

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幕末史の孝明天皇と徳川慶喜の雑感、天皇制と元号の本質とは何か?、「美人」の人生は本当に得ばかりするのか?

○天皇は王政復古(大政奉還)で近代化を後押ししたが、日本の明治維新がスムーズに展開した理由の一つは、孝明天皇の天然痘による急逝だった。

当時の公家は穢れ思想で、動物の血液由来の種痘を接種せず、孝明帝は天然痘感染で短期間で死んだとされるが、佐幕派・親会津の孝明帝が存命なら薩長に倒幕の勅命はまず出なかった。

孝明天皇は36歳で崩御したが当時の平均寿命からしても圧倒的に若い。本来は後数十年は慶応の時代が続き、そうであれば薩長は錦の御旗を掲げられず、徳川幕府の早期瓦解もなかった。孝明帝は超保守派・佐幕派で外国人を穢れとして嫌い、開国にも強く反対していたため、下手すれば1900年近くまで日本近代化は停滞した。

孝明帝は徳川家と会津藩を忠義第一と最も信頼して、幕府を倒せというどころか、大政奉還せよとの勅命も出すつもりもなかった。公武合体派で幕府中心の保守的な政体を支持し、急進的な新政権などには反対であった。禁門の変で会津藩・松平容保を追放しようとした長州藩をひどく嫌い、朝敵として長州征伐にも賛成していた。

禁門の変で長州を追い出して京都政局を掌握したのは、いわゆる一会桑政権(一橋慶喜・会津藩・桑名藩)でそれをバックアップしたのが薩摩藩であり、1867年頃まで長州藩は尊皇攘夷の倒幕の主要勢力どころか、逆に朝敵として征伐されかけていた。ぎりぎりの時点まで、人材不足を除けば幕府の方が装備も兵力も上だった。

孝明帝が存命であれば、孝明帝と松平容保は非常に親しい関係にあり、徳川幕府と会津藩を朝敵と名指しして、薩長に征伐を指示する勅命は出なかった。

あるいは、第二次長州征伐時に徳川家茂が若死にしなければ、幕府軍は長州藩を処分できた可能性もある。だが孝明帝と徳川家茂の想定外の早逝が全て薩長に運気を傾けた。

孝明帝の後を継いだのが後の明治天皇(祐宮)であり、孝明帝には祐宮以外の男子はいなかった。そして、祐宮の母親は長州藩縁故の中山家出身の側室で、幕府よりも長州に深く肩入れし同情していた。長州嫌いの孝明帝から、長州贔屓の明治帝への歴史の急展開が、結果として錦の御旗を薩長にもたらしたのである。

15代将軍徳川慶喜は、討幕の勅命を警戒して自発的に大政奉還して、幕府・将軍の名目と体制を維持しようといたが、薩摩藩主体の雄藩がクーデターで朝廷を掌握して、岩倉具視らが王政復古の大号令を発令した。徳川将軍家を取り潰す辞官納地を命じたが、幕府側は猛反発して鳥羽・伏見の戦いから始まる戊辰戦争に引き込まれた。

○正当な皇位継承者の璽(しるし)である「三種の神器」を継承する「剣璽等承継の儀」は、歴史を遡れば南北朝時代には真剣にその所有権を巡り争ったが、古代の中国王朝にも「国璽・玉璽」と呼ばれる石造りの印鑑が正当な王・皇帝の証としてあった。現代では完全にフィクションで、三種の神器そのものもレプリカ・複製品だが。

天皇家に代々伝えられてきた「三種の神器」とは、八咫鏡 (やたのかがみ) 、草薙剣 (くさなぎのつるぎ) 、八坂瓊曲玉 (やさかにのまがたま) だが、記紀の伝説上は天照大神が所有して孫のニニギノミコトに授けたとされる。草薙剣の中世以前のオリジナルは、源平合戦の壇ノ浦の戦いで関門海峡に水没したとされる。

ただ壇ノ浦の戦いで海に沈んだ剣も、古代からの歴史ではレプリカであって、大元の神話時代からの草薙剣の現物を見た人はいないのである。

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