フジテレビの『ほこ×たて』のやらせ問題・内部告発が意味するもの:事実を隠せない時代の到来

攻めと守りの立場になる『二つの技能・商品・能力』などをぶつけ合って、どちらが優れているかを競い合うフジテレビの人気番組『ほこ×たて』でやらせが発覚した。『スナイパーVSラジコンカー』で、実際は日本企業のラジコンボートが3連勝してあっさり買ったのだが、それでは番組の構成上面白くないというので、ラジコンヘリやラジコンカーとスナイパーとの対決も見せられるように順番を入れ替えて撮り直し、日本企業側は2連敗の後に3連勝して勝ったという内容になった。

また実際に行われたスナイパー軍団のルール違反(初めの1分間はラジコンに弾を当ててはいけないというルールの違反)には触れられず、最初の2戦は実力勝負でラジコンが負けたという設定にされたのが、日本企業(ヨコモ)の担当者は気に入らなかったようだ。

ヨコモの担当者が自社のサイトに、『あまりにも曲げられて作られていたため、編集責任者に対し「反則した相手が負けになるのであればまだ納得出来ますが、もしこの内容で放送された際には、事実を発表します」と忠告し、内容を偽って作らないよう要請していたのですが、非常に残念な事に偽造編集したものが放送されてしまったのです』というコメントを出して、『過去に撮影された鷹・サルとラジコンとの対決にも不正ややらせがあった』という告発をしたために騒動が広がりを見せることになった。

このやらせは出演者の直接的な告発によるものなので、『やらせの疑惑』ではなくて『事実の指摘』という重みを伴っており、視聴者を意図的に欺いてきたフジテレビには社会的にも制度的にもかなり重いペナルティが科される可能性がでてきた。

当該番組の打ち切りと謝罪広告だけでは収まらず、社長を含む経営陣の辞任、あるいは日本民放連からの除名処分なども有り得るのではないかと見られている。かつて検討されたことがある民間キー局の電波寡占の既得権益を崩すような『放送法改正』の議論に再び火が付くかもしれない。報道の自由や番組の編成権といった権力とメディアとの関係性にまで拡大解釈されかねないような弱みを、テレビ局自らが晒す醜態は情けないとしか言いようがないが。

2007年に発覚した『発掘!あるある大事典2のデータ捏造事件』もフジテレビ系列の関西テレビが起こしたものだったが、フジテレビは過去と類似したやらせや捏造の事件の再発を防げなかったことになり、『視聴率最優先の番組作りの陥穽』にまたもや自滅するかのように落ち込んでしまった。

厳密には、テレビ局の直接の指示ではなく制作会社の裁量的判断のほうが大きいだろうが、『やらせ・編集・脚色も織り込んだ暗黙の了解』が通じづらい時代の価値観の変化、マスコミの情報統制力の低下(不正・捏造に対するウェブからのカウンター,ウェブ上における関係者からの内部告発)もある。

『ほこ×たて』は、八百長のやらせや編集による改竄がない『真剣勝負』であることをアピールして売りにしており、高度な技術や製品、能力がぶつかり合って勝負するところを見たいという視聴者によって支えられていたため、『本当は真剣勝負ではなかった・勝負の結果が改竄されていた』というやらせが発覚すると番組の中核的価値が毀損されてしまう。

『ほこ×たて』にしろ『発掘!あるある大事典』にしろ、プロレスやお笑いのように『お約束としてのやらせ・脚色・演技』があるという前提が共有されている番組ではないということもあるが、『若干の内容の脚色・構成の編集』までは許されるとしてもそのラインがどこにあるのかの見極めは非常に困難である。

『内部告発・関係者からの不正の指摘』が起こるとよりそのラインはシビアになってくるが、『ほこ×たて』に関して言えば『結果の改竄・勝負にならない状況を無理矢理に勝負したように見せかけた』という点が大きな問題になってくるのかもしれない。

視聴者の側に『テレビ番組には一定の編集・脚色・やらせが含まれている可能性があるものだ』という暗黙の了解があるとしても、テレビ局や出演者の内部告発によって『この番組には明らかな不正・やらせ・捏造が行われているという事実』が指摘されるとやはり興ざめであるし裏切られた感じにもなるだろう。

健康・医療番組における明らかな情報の改竄や間違った治療法・健康食品の報道は、『視聴者の健康被害・無意味な健康のための消費』を生む恐れもあるので、より慎重な姿勢が望まれるが、誰もが情報の発信者になれるウェブ社会の発展によって『事実を隠し続けられない時代』がやってきたという側面がある。

かつてテレビは『自分たちだけが世論・話題・事実を造り上げられるという傲慢さ』や『マスを画一的な情報・報道によって統制できるという権力志向』に近いような過大な自己認識を持っていたが、テレビ番組の制作に直接関与した人たちやその周辺にいる人たちがそれぞれ情報発信の手段をウェブによって手に入れたことによって、『内部のささいな意見や利害の対立(自分の主張や申し出が通らない人の離反)』によって暗黙の了解で看過されてきたやらせめいた編集・捏造が許されにくくなってきている。

第四の権力としてのマスメディアは『参入障壁・特権的な情報発信権』によってその力を強大化させていたが、第五の権力であるインターネット(ウェブ)は『誰が何を発言するかを事前に制御できないという仕組み』によって、マスメディアや他の権力にとって都合の悪い言論もまた制御できなくなっており、『正論・遵法・倫理としての正しさ(大衆による安全圏からの集中的バッシング=社会的制裁を自称する私刑論理)』に対しての逃げ道も少なくなっている。