安倍政権の経済成長戦略(法人税引下げ)と集団的自衛権の議論

経済成長戦略としての『規制緩和・法人税率の引下げ』は、日本企業のグローバリゼーションへの適応力と競争力(それを反映した株価)を高める側面と、外資・外国企業を日本市場に引き付ける側面とがあるが、基本的には上場企業の内部留保の余裕による賃金のベースアップと株式市場へのインパクトとして効果が現れるだろう。

また、規制緩和と法人税率の引き下げは、『TPP(環太平洋経済連携協定)』を前提としてグローバリゼーションへの適応力を最大化しようとする政策であり、必ずしも日本国内の労働者の所得・生活の改善を目的にしているわけではなく、国内資本と海外資本の相乗作用と競争強化による市場活性化(最終的には各国の人材間の相乗作用・競争環境構築も考えられるが)に主眼がある。

業績の上向いている上場企業(輸出産業)を中心にして確かに賃金は上昇しつつあるが、『物価上昇率・消費税増税』と『企業規模・雇用形態による賃金格差』との兼ね合いによって、日本の労働者の生活実感が全体的に上がってきているという楽観はできない。

人口減少社会や若者のバイト敬遠(正社員志向)、仕事の選別性などによって、飲食・販売などのアルバイトでは賃上げをしても人材不足が深刻化している。今後もアルバイト応募者が急激に増大する見込みが立たず、単純なマンパワーの量的な不足が経済成長要件を阻害する恐れも強いが、『女性・高齢者の労働力活用』という労働供給問題の改善策に効果が見えるかどうかも鍵となる。

アベノミクスの金融政策は『異次元の金融緩和』という『持続困難な異次元の国債増発』に支えられており、物価目標の2.0%を達成すれば『企業業績・賃金上昇・消費増大の好景気のサイクル』が自発的に形成されるという予測をしている。その好景気のサイクルが形成された後は、追加的な財政投資や金融緩和を弱めていっても大丈夫だという見込みには具体的根拠はなく、特に疲弊して企業も少なく人口も減っている地方経済は財政投資の公共事業を抜きにして恐らく維持できないだろう。

消費税増税後に、国民生活が改善するか労働者の可処分所得が増えるかの一要因として『大企業・超国籍企業の業績』があるのは確実なのだが、『大企業の利益・納税の再配分の仕組み』における包摂性の不十分さと社会保障の機能不全が課題となる。

しかし、日本全体の持続可能性の構造改革において最大の課題となるのは、正にその社会保障制度改革と公務員制度改革、公共投資の効率性の見直しであるから、経済成長戦略と社会福祉のセーフティネットとの両立というのは、建前のトリクルダウン仮説だけでは実現できない。

日本の予算案審議の慣例では、省庁の概算要求の大幅な削減や切り捨て(財政赤字を改善可能なレベルでの予算縮減)はできないので、累積公的債務が支払い能力の限界を超えたとみなされた時に急速な金利上昇でのデフォルト(債務不履行=国の信用に裏付けられた通貨価値の喪失)を警戒しなければならない。

だが、デフォルトして再生した国は少なからずあるのでそれで全てがおしまいという話でもないし、逆に財政破綻することがあれば『過去の高コストな仕組み・しがらみ・歴史的利権』を葬りされる機会になることもある。

集団的自衛権に関しては、『同盟国の戦争』を支援する直接の武力行使や戦地への部隊派遣などはできるだけ回避すべきで、現行憲法に基づく『協力することができる日本側の行動の範囲』を米国に伝えて調整しておいたほうが良い。

東アジアの有事が発生した時に、アメリカから積極的に軍事支援してもらうためには、日本もアメリカを守るための集団的自衛権の行使を確約しなければならないというロジックはあるが、議論されている集団的自衛権は『東アジアの有事=端的には北朝鮮・中国との軍事衝突リスク』だけに備えたものとは限らない。

アメリカの世界戦略や多国籍軍・有志連合の結成の呼びかけにおける軍事リスクに拡大適用される恐れを潰す必要もあるが、集団安保の最大の問題点は『日米の包囲網VS中国の拡大主義』という二元論的な単純な対立図式を国民意識に植え付ける恐れがあることである。

こういった味方グループと敵グループという集団安保体制を自明化すれば、中国の人々に日本が中国を仮想敵に設定しているという誤ったメッセージを送ることにもなり、アメリカの軍産複合体が望む『終わらない対立図式の鮮明化』に意図せずして協力することにもなる。

中国をいずれは先進国の価値規範に包摂するのではなく、分かり合えない相手として排除するという姿勢は現実的でもないし、アメリカはそもそも中国との外交関係を密にしていて敵対姿勢など見せておらず、経済の相互依存と核抑止力から直接の戦争は不可能である。

北朝鮮のミサイル・核開発の問題も、中国がアメリカと価値観的・潜在的に対立している(北朝鮮の暴発をある程度容認してくれる)という前提に依拠しており、中国の価値規範や政治体制(共産党一党体制)、人民の意識が日米と共有可能なものに変わってくることがあれば、北朝鮮問題も付随的に解決に向かい、金一族の体制維持も困難になってくるだろう。

東アジア情勢の平和秩序と外交的安定は、仮想敵のグループ分けで睨み合う『パワーバランス』にあるのではない、そうであるなら現状でも中国・北朝鮮と日本・アメリカのパワーバランスはそれなりに取れていることになるが、根本的な問題解決のためには『中国の独裁体制と責任意識の変容(民主化・共存意識)』と『先進諸国と中国の間にある価値規範の対立の解消』が必要であることは明白であり、中国の体制と人々が変われば、北朝鮮一国だけが非常識な人民虐待の支配体制や恫喝ありきの瀬戸際外交を継続できる条件の大半が失われるだろう。

アメリカとの日米同盟や中国・北朝鮮の軍事的脅威だけを強調した集団安保体制のための政策に傾かずに、日本の個別的自衛権と平和主義外交(軍事衝突を回避して交渉・条件設定で改善策を模索する啓蒙外交)の延長として憲法を解釈すべきだと思う。

アメリカを包摂する広義の自由民主主義圏の価値規範や国連の制裁決議(常任理事国の拒否権の影響力を落として第二次世界大戦での連合国と非連合国のグループ分けを解除する議論も含め)に日本が準拠する姿勢を示すことに重点を置いたほうが良いのではないだろうか。『米国だけの宣戦布告・戦争状態』に協力するのではなく、『米国・EUを含む先進諸国との連携+中国・ロシア・インドなどの段階的な民主化や非軍国化(人権侵害・強権支配の排除)の促進+平和主義と理性主義と豊かさが包摂する世界の範囲拡大』に日本が貢献する外交政策を進めてほしい。