日本の刑事裁判における司法取引の導入検討:日本の闇社会と犯罪組織のイメージの変化

『司法取引』は、犯罪者にしか知り得ない情報を引き出す為に有効な場面はあるが、『情報の信憑性』と『犯罪者への便宜・減刑に対する反発』の壁がある。罪の減免で、犯罪者を犯罪防止・組織犯罪対策・真相解明に活用する発想。

「司法取引」導入の狙いと問題点

日本では司法取引も潜入捜査も(囮捜査の一部は最高裁判決で認められているが)認められていないが、組織犯罪の内部情報を取ったり末端の犯罪者(構成員)を出頭に向ける役割は、『警察‐ヤクザの癒着的なつながり』が代替してきた過去の歴史もある。警察‐ヤクザのなあなあな関係は、中心を温存して(裏社会を必要悪として)末端を処罰する循環構造ではあるが。

日本では犯罪や犯罪者のグループ化を根本から断つというのは不可能だという認識もあるが、昭和期までのヤクザが『社会の必要悪(反社会分子の統制)・暴力で義理を通す任侠道(極道映画のピカレスクロマン)』の文脈で語られていた影響もあるか。少なくとも、手段を選ばず壊滅させるべき対象には位置づけられていなかった。

任侠映画にせよヤンキー漫画(不良文化)にせよ軍隊的な規律にせよ、日本に限らず世界でもその傾向はあるかもしれないが、『暴力や体罰による秩序形成・露骨な力関係による階層構造』に男性主義的な興奮・魅力を感じる人は一定以上の割合でいるだろう。エンターテイメントと暴力、政治と力の論理も切っても切れない……。

記事では、司法取引は『犯罪組織の中枢に迫るための手法』といった目的論で書かれているが、犯罪の背景である『貧困・無知・差別・自暴自棄』などを減らさなければ、犯罪組織を形成する原動力や犯罪者にとっての悪事の必要性は終わることなく湧き出てくる。世界的にも巨大な犯罪組織とアングラマネーは権力と癒着しやすい。