“最低賃金・生活保護・企業経営”と労働モチベーション:日本の最低賃金はなぜ低いのか?

日本の最低賃金は、アメリカ、イギリス、カナダ、フランス、ドイツなど欧米先進国と比較すると極めて低く、OECD(経済協力開発機構)加盟の先進国でも最低水準である。国連からも日本の最低賃金は、『最低生活保障給』の基準を満たさないという指摘を受けている。

EU先進国の最低賃金(時給)は低くても1000~1200円以上(米国は州によって800~900円程度もあるが)であり、どんなルーティンの単純労働でも、人を雇って働かせるためには『最低生活保障水準(週5の8時間労働で何とか自立的生活のできる水準の給与)』を満たすレベルの給与を支払わなければならないという暗黙のコンセンサスがある。

労働市場の競争原理と企業の人事管理に任せてきたアメリカでさえ、時給をあまりに低く押さえ込むと労働意欲を大きく阻害して、働くよりも生活保護(フードスタンプ受給)を受けたほうがマシという人が増えるとして、最低賃金の大幅な引き上げ目標が設定され始めた。

アルバイトやパートの人たちが、最低生活保障水準を満たすような賃上げを求める社会運動(米国の行き過ぎた格差社会・極端なCEOの高額報酬・金融資本主義の労働軽視などの反対運動)も活発化している。

アメリカの各州では、2020年に主要都市部の最低賃金を約15ドル(約1800円相当)にまで引き上げるという目標を設定して、段階的な賃上げに取り掛かっている企業も出てきているが、賃金引き上げの最大の効果はこれまで見向きもされなかった求人に人が集まるようになること、やる気のなかった失業者の中からもう一度働こうという人が出てくることである。

モノが溢れて子供時代からそれなりに文化的生活を送ってきた先進国では、一部の大手企業や公務員、専門職、芸能・スポーツ、クリエイティブな職種などを除いて、単純作業(体力的にきつい業務)で報酬が低いと労働意欲が高まりにくく、特にアメリカやヨーロッパではかつて3Kと呼ばれた肉体労働系の職種の雇用の多くを、ハングリー精神を維持する移民に頼るようになってきている。

『最低賃金と生活保護(公的扶助)の逆転現象』は、特別な職能・資格・キャリアを持たないまま失業者になってしまった人たちの労働意欲を著しく低下させて福祉依存にしてしまう副作用が大きい。

一方で、企業の持続的な経営を困難にするレベルの賃上げは難しく、最低賃金の高い欧州先進国では失業率が低い国でも10%以上(産業基盤が弱く有力企業の少ない南欧は20%以上)と高い水準にあり、最低賃金を上げると初めから人を雇うのに慎重な企業が増えて、失業率が上がりやすい副作用もある。

日本ではワーキングプアが社会問題化した時期もあるが、『働いても生活保護水準と同等以下の貧しい状況にある人たち』が増えすぎて当たり前となり、最近では改めて概念化や改善策の検討をするという動きも鈍くなってきている。北欧は日本よりも物価がかなり高いので単純に最低賃金だけを比較するのは間違いだが、それでも時給700~800円では1日8時間働いても12~15万円を稼ぐのがやっとで、最低生活保障基準をとても満たせない。

先進国では『社会参加・職務経験機会・社会的な役割分担』などの観点から、政府が良質な雇用を積極的に生み出そうとする企業に一定の補助を行ってでも、最低賃金をある程度高い水準に引き上げておくべきという論調が強いが、日本では『無い袖は振れない・儲かってないから支払えない・非正規の賃上げは経営を傾ける・キャリアや雇用形態による給与格差には正当性がある』などの理由から企業の多く(正社員の多く)が最低賃金の底上げにかなり消極的である。

日本の正規雇用と非正規雇用の格差は約2倍で、欧米と比較しても極端に格差が大きく、報酬を多く貰う代わりに『正規雇用の時間的・心理的な拘束度(ほぼ丸一日を費やす実質就業時間)』も強くて、正社員のメンタルヘルス悪化や中途退職の増加などが問題になっている。

日本のアルバイトやパートの最低賃金が極端に低く抑えられてきた背景には、欧米には馴染みの薄い『正規雇用者による扶養(非正規雇用は生計を支える形態の仕事ではない)』の概念も関係しており、従来バイトやパート、派遣は『その収入がなくても家族が生活できるお小遣いを得るための働き方』とみなされていて、ボーナスもあるメインの大きな所得は『正規雇用の父親(母親)・夫(妻)』が稼いでくるものという意識が強かったためである。

1日8時間以上働くフルタイムの非正規雇用という観念が殆ど無かった時代の影響でもあり、また成年男子であれば一日をがっちり拘束される正社員として働くのが常識(短時間だけ働いて平日も休みの多い腰掛けみたいな仕事は定職として認められる仕事ではない)とされた時代の価値観もひきずっている。

元々、日本の企業や産業の労働生産性が低い(労働集約型産業)という根本問題もあるが、雇用形態の違いが擬似的身分制のようになって所得格差の大きさを肯定している心理的要因も影響している。

非正規雇用の最低賃金がいくら低くても、他にメインの正社員や公務員の働き手が世帯の中にいるはずという考え方があったため、『世帯収入としては困らないはず(非正規=学生・主婦のお小遣い稼ぎで差し迫った生活費のための仕事ではない)』とされていたのだが、ここ20年ほどでその前提が完全に崩れて、家族を扶養している人でも派遣社員や長時間のアルバイトの形態で働いている人が多く出始めている。

最低生活保障基準に見合う最低賃金の目標を設定して、政府・厚労省・企業がその目標達成に向けて段階的に賃上げを実行していくこと、極端に大きな正規・非正規の所得格差を是正して職務・拘束・貢献度に見合った給与水準の見直しを行い、非正規の所得水準を正規の7~8割以上に持っていくことは『社会的再生産・労働意欲維持』あるいは『非正規・女性・子供の貧困率の緩和』の観点からも急務だろう。

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