日本の格差・貧困はなぜ拡大しているのか?:困っている人を政府が助けなくても良いという層の多さ

日本の格差・貧困はアメリカと並ぶ水準になったと指摘する橘木俊詔氏の記事を読んだ。世の中を俯瞰できる教養水準が上がった先進国で格差・貧困が拡大すると『貧乏人の子沢山』は起こらず人口縮小に向かうが、日本人は米国型の『再分配嫌悪・自助社会・自己責任』を志向する人が多く格差が広がりやすいという

国際水準で日本の社会福祉は『中等度』、国民負担率は『低負担(実感で中負担)』であり、『低負担・中福祉・高齢化』で財政が段階的に悪化している。しかし国民の多くはヨーロッパ型の『高負担・高福祉』に対しては極めて否定的であり、高負担になるくらいなら『社会保障削減』を求める声が強く、政府も信用されていない。

政府の干渉や徴税を嫌う古典的自由主義の国であるアメリカは、伝統的に『低負担・低福祉』に国民のコンセンサスがある。オバマケアの水準の公的健康保険でさえ反対者は多く、税と保険料の負担を低くして、個人の自助努力と競争原理に任せることを好む国民性がある。

福祉に関しても、国家が徴税で再分配するのではなく富裕層が自発的に慈善で行うべきとする価値観が強く、結果として格差・貧困の問題は先進国の中でもワーストなのだが、米国民の特に保守派は『高負担(強制的な徴税徴収)に偏る福祉国家』への思想的な拒絶反応が極めて強い。

日本は米国のような自助精神のイデオロギーは強くないが、他者との比較優位や不正嫌悪の心情によって『自力で生活できない困窮者を政府が助ける必要があるか』の問いに対し、助ける必要はないとする答えがアメリカよりも多いという特殊性がある。生活保護バッシングとも絡むが、同じ経済的弱者でも『自力で踏ん張る者』と『社会福祉に頼る者』の分断が激しいのである。

中流社会が崩壊して以降の日本の格差・貧困の拡大は、国民自身が『社会福祉の拡大』を拒絶していることからも半ば必然の現象であり、過去から連綿と続く公的扶助を恥・不正とする価値感が根強く残っている。生活保護の補足率の低さともつながるが『困窮者は福祉で助けなくても良い・自分も福祉に頼らない』という層が厚い。

橘木氏は『共同体・仲間意識の崩壊』によって、仲間のために自腹を切ってでも助けるという意識が急速に薄らいだと論じるが、『自分とは異なる困窮者』を疑ったり羨んだり憎んだりする層が増えている。日本の所得比の税・社会保険の国民負担率は41.6%で先進国では低いが、主観的な重税感は強く社会保障の先行きが暗い。

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