安倍政権の集団的自衛権・富国強兵路線と徴兵制を危惧する意見:現代の戦争から失われる当事者意識

安全保障を外国任せではいけないという論法で集団的自衛権に賛同する人が、海外派遣・自衛戦闘の任務を自衛隊(自分以外の国民)任せにして、一般国民(自分)の徴兵は有り得ない話だとするのは道義的な矛盾はある。

安倍首相が猛進する富国強兵 少子化で徴兵制も

自衛隊(軍隊)に志願しているのだから一定の生命・身体の危険は覚悟のはずだ、自分で決断・選択していない国民と隊員の責任は違うはずだというのはその通りだが、戦後に一人の戦死者も出していない自衛隊の海外活動で死者が出始めれば、志願者・入隊者が減少する可能性はある。

軍事・安全保障の範囲を広げることの問題は、いったん膨張した軍事予算・人員・活動範囲を縮小する事が難しいということ。軍事の既得権益が拡大すれば、その権益で扶養される企業・労働者が増える事になり、戦闘行為があれば国民的な怨恨感情も煽られて、死傷者が増えたから元の9条解釈に戻るという判断はしづらくなる。

人間は自分だけ安全圏にいながら他者に犠牲やリスクを強いる人物を軽蔑するものだが、現代の戦争は古代・中世の戦争のようにリーダー自ら先陣切って戦う事は有り得ない。決断したトップは大勢が死んでも議会の解散や辞職をするレベルの責任しか取らず、戦争の利益は常に一兵卒ではない上層の個人・勢力に還元されるものだ。

敵だけをピンポイントで爆撃したり無人機で射殺したりする『ハイテク戦争』なら、徴兵の必要性や自国民の犠牲が減って良いではないかという見方もあるが、一般市民を巻き込むリスクはある。そこまで『殺戮・武力による問題解決』を技術的に安全圏から突き詰めるなら、人が死なない戦争のバーチャル化に向かうべきでは。