憲法改正に意欲を見せる安倍首相、来夏の参院選後に『国民投票』の可能性を示唆

安全保障より生活窮乏(所得減・増税)で大勢の国民が犠牲になってるが、改憲は『国民主権・平和主義・人権』の三原則を変質させ、国民の不安・不満の原因を内政から国外や軍事にミスリードする方向へ行くのではないかと不安である。

首相、国民投票は来夏の参院選後に 憲法改正へ意向

日米軍事同盟の強化が叫ばれる中、アメリカが日本に思い通りの血と汗の負担をさせられない抑止力となっているのが、米国GHQが起草に参加した日本国憲法である。憲法9条や25条の改正は、日米同盟の中で『日本人の犠牲』を払ってでも米国の世界秩序や地政学的リスクの封じ込めに参加する責任履行を担保する恐れがある。

日米同盟の双務的な軍事負担で、実際に血を流す役割を負わせられるのは、経済的徴兵と揶揄される学費・就職を人質に取られた貧困層になる。武力による問題解決に協力しない戦後日本の一貫した姿勢は、アメリカの理想主義・啓蒙主義を反映しつつ、『国家や政治に兵力・労働力として強制徴発された歴史転換』の意味も持った。

近代初期までの国家の歴史は、先進国であってさえ大多数の庶民の人生・自由・生命は究極的に『国家の命令権・世間の同調圧力』に掌握されていた。戦争でも危険作業でも命令されれば従わなければならない『従属者』として生きざるを得ず、日本国憲法は不完全ながらも『立憲主義による国家の命令可能範囲の抑制』を掛けた。

国家が斜陽の兆しを見せると、『国内の問題・不正』より『海外の脅威・理不尽』に目が向き、国民に命令する集合的権力がむしろ強化される歴史的法則性は覚えておきたい。日本だけ憲法9条を守るのは不利だから、中国・韓国・北朝鮮等にも輸出すべきの論もあるが、軍事的な問題解決放棄と利害調整は人類史的課題だろう。