島根県女子大生殺人事件で容疑者死亡のまま書類送検:動機・状況など真相は分からず

2009年10月に島根県立大1年平岡都さん(当時19)がバイトの帰路に行方不明となって、広島県の臥龍山中で切断された遺体が見つかった残忍な事件は、当時は相当に大きな扱いで長期間にわたってメディアで追跡報道されたので記憶に残っている。

何度もテレビ放送された防犯カメラに映っている被害者のボーダーの服装は印象に残りやすく、連れ去りや誰かと一緒にいる場面などの目撃証言を得るためシラミつぶしの聞き込みが行われていた段階では、遠からず解決する型の事件にも思えた。

しかし、目撃証言や被害者周辺の人間関係のトラブル(恋愛問題・ストーカーなど)は結局一件もなく、有力な情報提供に300万の懸賞金まで懸けたがそれでも犯人に結びつくような手がかりは得られなかったようだ。警察は捜査網を島根県を超える広島県・山口県にまで広げて、被害者の女子大生にわずかでも関係や接点がある人は一人も残さないほどの人海戦術の事情聴取を行ったが、犯行に関係したと疑えるような人物には一人も行きあたらなかった。

事件は迷宮入りの様相を見せて、次第にマスメディア報道の頻度も減り、いつの間にか話題にも上りにくくなっていたが、7年後に意外な形で犯人の存在が明らかとなった。報道されている限りでは、容疑者とされる島根県益田市の会社員(33)は平岡さんとの接点(過去に会ったことがある・連絡していた形跡がある・ストーカーをしていたなど)はなかったとされ、夜道での行きずりの拉致監禁に近いような型の犯罪だと見ているようだ。

容疑者とされる会社員の名前は矢野富栄(やのよしはる)だとネットでは既に明らかになっていて、中国道の交通死亡事故の2009年11月の記事を検索すれば誰でも分かる状態になっている。新聞報道がこぞって名前を出さないのは、本人が死亡していて書類送検しても不起訴になってしまうからで、一方的な状況証拠だけしか出せない以上、法的には不起訴で有罪判決を受けない容疑者の段階に留まり、本人に抗弁権もないという判断からだろう。

被害者の遺体が見つかった2日後の2009年11月8日、容疑者は母親を乗せた車で山口県の中国自動車道を走行中に車が全損して炎上する死亡事故を起こしている。目撃者によると相当なスピードでガードレールを左右にぶつけ続けながら走行していたにも関わらず、ブレーキ痕が皆無であったことから概ね犯罪発覚とその後の社会的制裁を恐れた逃避的な自殺・心中事件だと推測される。

容疑者は一度は警察が来て何か知らないかという大雑把な事情聴取をされたというから、自殺した理由として警察が自分の職場か地域かにまで聴き込み調査に来た(遠からず自分が犯人であることが露見するのではないかとの不安が強まった)ということも考えられるかもしれない。

警察は当初から捜査範囲を県内全域の広さくらいまで取っていたので、浜田市と隣接する益田市の容疑者の地域にまで警察が来ること自体はおかしくないが、どうして容疑者が軽い聴き込みをされたのか(特別に疑われてあれこれアリバイなどを聴かれているわけでもなく、形式通りの何か知っていることはないかだけの質問だったかもしれないが)の理由は明らかにされていない。

島根・広島両県警の合同捜査本部が書類送検する方針を決めることになった決定的証拠は、『行方不明後の平岡都さんの画像ファイル(33歳の容疑者の遺品とされるデジタルカメラに記録されていた写真)』だとしているが、写真の日時のデータや平岡さんの様子・状況などからこの33歳の容疑者が犯人だと断定するに足るものなのだろうが、被害者・遺族への配慮から詳細は公表されない可能性が高い。

この事件は、何の落ち度もない女子大生が突然連れ去られるなどして殺されたという残酷な事件であるが、それと合わせて遺体損壊や死後の遺体の扱い(遺棄のために切断するだけでなく不必要に刃物・火で傷つけられた痕跡があったとされる)などに猟奇的な異常性が見られたことでも話題になった。

だが、本人が処罰から逃避するように交通事故で死んでしまったことで、『事件の動機や連れ去り後の状況・異常心理の解明』については今後も不可能になってしまい、真相不明のままになる非常に後味の悪い事件になったように思う。

常識的に考えれば、動機は若い女性を標的とした広義の性犯罪ということになるだろうが、容疑者が行動し始めた当初から平岡さんだけを狙っていたのか、若い女性であれば特定の人物でなくても良かったのかの違いはあるし、初めからナンパ(夜間に女子大生に声かけして車に乗せようとする事案は周辺で複数回起こっていて大学が注意喚起していたという)や性犯罪を超えて殺害することまで考えていたのか否かでも事件の様相は違ってくるが、容疑者死亡で誰にも犯行を口外していないため、犯行時の具体的状況が明らかにされることはない。

常軌を逸した遺体損壊の状況だけを見ると、非常に凶悪で残酷な大胆な人物像も浮かぶが、見方によっては中途半端な遺体損壊の状況は、逆に完全に遺体を切断したり焼いたりしきれないその場からすぐに立ち去らずにはいられない『臆病さ・小心さの逃避心理』の現れとも解釈できる。実際、遺体発見後の2日後に自殺と見られる交通事故の死に方をしたように、この容疑者のパーソナリティーの基本は『小心さ・無責任・衝動性(殺人も自殺も極端な衝動)と逃避傾向』だろう。

闇夜に紛れた卑劣な連れ去り(詳細・手口は不明だが)や相手の自意識を無視した性犯罪を計画するような時点で、女性と正面から向き合えずに騙したり脅したりしないとどうにもできない臆病さが滲んでいるが、肝心な場面での臆病さと逃げが重なりに重なって衝動を抑えられずに殺人・自殺をするというとんでもない末路に陥った人物のように見える。

誰が犯人だったのか分からないままになる迷宮入りの『未解決事件』は多いが、未解決事件のうちの何割かの真相は『容疑者が既に死亡している(厳重な捜査網からも死人は外れやすい)』か『容疑者が既に収監されている(サイコパスな凶悪犯には隠れた余罪の累犯が多い)』かなのかもしれない。

凶悪犯罪や大事件の真相が分からないというのは、被害者・加害者と何の接点もないメディア視聴の人々にとっては単なる『興味本位からの知りたい意欲』に過ぎないものだが(あまりに興味を惹きつけるがために過去にも多くのミステリー小説・探偵シリーズ作品の題材にもなってきたが)、世間を騒がせ被害者の生命・権利を一方的に剥奪しておきながら、何も自分の罪・動機・行為・恥については語らず、裁判や世間、メディアで強く責められることを恐れて、徹底的にバッシングされる前に『逃避的な自殺』を図って我関せず(死んでしまえばどうでもいい)を決め込むというのは、本当に煮ても焼いても食えない臆病で卑怯な人物だなとは思う。

日本の刑事裁判はリアルタイムの映像撮影・録音はできず非公開なので、『犯人の容貌・態度・言葉』などは記者・傍聴者の記憶を頼りにして再現するしかないが、アメリカの刑事裁判のように一部の凶悪事件に関してはテレビ放送・公開討論を行うことで、『現在の生身の容疑者の表情・言葉(考え・気持ち)・受け答え』を見れるようにするというのも知る権利の拡大としては一案かもしれない。

容疑者が動いて語っている姿を見れないことによって、余計に凶悪犯罪の容疑者が人間の心がない(言葉も通じない)モンスターのようなブラックボックスの極端なイメージになってしまい、『今、何を感じていて何を考えているのか?犯罪事実や被害者・遺族に対してどのような態度で反省しようとしているのかいないのか?』などが全く分からなくなってしまう。

人間のパーソナリティーや生き方、価値観、生い立ちの影響などを詳細に知ることは簡単なことではないが、最近のマスメディアは個人情報保護法やプライバシー権、個人の孤立化(詳しくその人を知る人があまりいない)の影響もあるのか、一部週刊誌を除いて『容疑者の生い立ち・人間性や性格傾向・交友関係・過去のエピソードの掘り下げ』を芸能人以外はほとんど行わなくなってきており、特に暴力団関係者・組織犯罪のメンバーなどは幼少期や青年期などにどのような人生を送ってきたのか、両親がどのような育て方をしてきたのかなどの追跡取材が皆無でどうして暴力団に加入してしまったのか(そこに親の犯罪性・格差や貧困・教育欠如・少年犯罪などの社会構造的な問題もなかったのか)の経緯も見えない。

凶悪事件の加害者がどのような人生や関係を生きてきて、過去にどのようなパーソナリティーや行動原理の人だと認識されてきたのかなどを調べすぎると野次馬趣味に迎合しすぎて個人情報の観点から問題があるのかもしれない。だが容疑者について何も全く分からないのは『知る権利』の上からも片手落ちで(島根県女子大生殺人事件でも容疑者についての日常生活・仕事ぶり・交友関係などの情報が極端に少ない)、劣悪な成育環境・親子関係など情状酌量すべき情報までも削ぎ落としてしまう。

逆に言えば、どんなに劣悪な環境や過去の虐待・抑圧があっても、犯罪は犯罪であり被害者には何の関係もないことなので情状酌量すべきではないという自己責任原理の強化によって、『容疑者の個別の過去のエピソードの取材・分析・解釈』を控えるようになった側面、容疑者の顔や過去をできるだけ見えないようにしてブラックボックス化する流れがあるのかもしれない。

だが不幸な被害や凶悪な犯罪類型の繰り返しを防止する上でも、プロファイル的な犯人像の特徴・傾向の分析には意味があるし、被害者に何の落ち度もない一方的かつ利己的な今回のような殺人事件は厳罰を科すしかないと思うが、殺人以外の犯罪や関係性のこじれ(相手の落ち度も推察される)からの殺人においては一定の情状酌量も考えられるべきだろう。

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