仏教の“四苦八苦”で苦しむ思い通りにはならぬ人間:人の人生のつらさはどうすれば和らぐのか?

生老病死の四苦の生に『いじめ・虐待・裏切り・金銭問題』も含まれるが『他者から酷い危害を加えられたか』と『欲求・自己愛の強さ』で人生のつらさの度合いはかなり変わる。

今までの人生で一番辛かったこと 「いじめられる為だけに学校へ」「裏切られて借金」

人生や人の身体には不可避な苦(つらさ)が内在するが、『健康・お金・強さ・美しさ・賢さ・優しさ・若さ・努力・忍耐』など美徳や長所の幾つかが備わり、自分・他者・社会を肯定できる間は、四苦は意識化して人を苦しめることはなく、むしろ世俗や人生を謳歌できる。だが永続性はない、個人差と人生の波をどう越えるか。

四苦八苦の八苦まで広げると『生のつらさ』の具体的内容になる。『怨憎会苦(嫌な恨む他者と出会う苦)・愛別離苦(愛する者と離れる苦)・求不得苦(欲求が思い通りにならない苦)・五蘊盛苦(五感で感じる痛みや苦しさ)』を決定的に免れる苦なき人は存在しないが、『無常と知足・緩急と尽力・専心と利他』が鍵だろう。

仏教でいう悟り・解脱(阿羅漢なり菩薩なりの境地)が、人間を決定的に苦から救済するという一般論はあるが、これらは即身成仏や生の輪廻からの離脱、利他専心というように、ある意味では『生と煩悩の世界とは別の次元の話』であり、燃え尽きる迄の肉体がある限り五蘊盛苦はじめ完全に苦を抜き去ることは叶わないように思う。

人生は何者にとってもつらい側面を持ち、後半は老い・病気・死の苦から逃げ切れないが、『人生・人間そのものが不可避に持つ苦』ではなく『特定の他者から攻撃・拒絶・拒絶をされる苦』は、個別の人間の問題や運命の面がある。原則的に人は社会で完全に独りでは生きられない以上、自分・人を好きになれない事も苦を増す。

世俗の幸せや安寧を導く要因として、美点・長所・利益など実際の生活や仕事、人間関係で役立つ様々なものがあるが、それと合わせ『自分・人間を好きになれるような過去の経緯の積み重ね』は生のつらさの重圧をかなりの期間・程度にわたり和らげる。楽観主義・自己受容・他者評価・行動主義につなげることが大切なのだろう。

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