NTT東の社員の収賄事件と公共性の高い倒産のない企業・組織や人材の腐敗の問題

NTT社員の収賄事件に限らず、歴史的な大資本や暗黙の政府保証(国営・国策企業の出自)を背景にして『仕事を発注するサイド(その発注の金額設定や可否の権限を持つポジション)』に立つ人材は、“組織の影響力”を“自分個人の権力”であるかのように勘違いすることも多いといえば多いわけで、そういった権限・職位の私物化によって『贈収賄の効果及び動機づけ』は生み出されている。

NTT東社員、数千万円収賄の疑い 契約発注の見返りで

間接的な贈収賄と見られても仕方がないような過剰な接待営業(決裁者へのご機嫌取り)の歴史が、『正当な競争入札(不正のない価格競争)・サービスや商品の本来の魅力(契約の合理的理由づけ)』を阻害して、人的なコネクション(義理)や見返りとしての個人レベルでの便益の供与(贈賄)を『営業の本道』であるように錯誤させてきた負の影響は大きい。

数千万円程度を供与して数十億円の仕事が代わりに取れるのであれば、それくらいの贈賄は投資対効果では全く惜しくもないが、商品・サービス・価格・技術・プレゼンで競い合うべき市場原理が歪ませられて、『既得権益者間のみの契約による経済活動の固定化』が起こってしまう。

NTTや日本郵政グループのような実質の半官半民企業の場合には、『公共性の強い事業及び政治的な許認可から得た収益』が不正に特定の企業や人物に横流しするような事態を招くことにもなる。

最近騒がれている徳洲会事件でも、猪瀬知事への5000万円の供与が表に出てきたが、『権限者(決済者)への実質的な贈賄とその見返り』の疑惑というのは、遥か昔の古代から繰り返されてきた政治腐敗の現れであり既得権の固定化のプロセスでもあるが、『許認可・公金の獲得』のためのメソッドとしては昭和期の金権政治では王道でもあった。

その悪しきメソッドの名残は、依然として各種の業界やそこで働く一部の人材に踏襲されているのかもしれないが、『市場原理以外の金銭の授受・情実の影響』を完全に排除することは今後も至難といえば至難であり、政府部門も含めた組織間のBtoBでは『顧客相手の商売・小売』ほどに契約の透明性・当事者性(自分ならどの業者を合理的な理由で選ぶかという当事者意識)があるわけではない。