女が『子供を産まない決断』をすることの難しさと社会的価値判断(世間体)との葛藤

言葉を費やしてSNSでアピールし仲間を増やす、自分の人生の価値や優位を『自分と違う道を選んだ人』にも認めさせたい人の心理は、どちらを選んでも完全な正解がない為に自己正当化が強まりやすい。

女が産まない決断をする難しさ “負け犬”の生みの親・酒井順子が考える『子の無い人生』

女性の結婚・出産は『自由意思に基づく選択・決断』だけで決まるものではない。『幼少期からの家庭環境+親から伝えられた結婚や出産の価値づけ』を基盤に、『自己肯定感・社会適応・職業と収入・異性関係・仲間集団の共有価値・後天的な学習』によって大きく左右される。最後の決断は、過去の変数の影響も当然受けている。

もっともストレートな感情で出産を選び子供を持つ人は、ある意味『自由意思による迷い・決断』が殆ど問題化されないはずで、こういった議論にあまり参加してこない。幼少期から愛情や家庭の大切さを教えられ、両親の仲が良くて愛し合っており、自分も両親のような明るい家庭を築くのが当たり前のように思ってきた人等である。

家庭が良好で安心・愛情を感じられ、自分の容姿・能力・知性に対する肯定感もあり、若い頃から好きな人に好かれる勢いのある恋愛を経験し、仕事・所得の展望(実家のバックアップ)もある人は多くはないが、多くないからこそ大半の人は『結婚や出産に対する迷い・選択』を一定の年齢で意識化して他者との比較になりやすい。

確かに結婚・出産・子供は人間にとってそれまでの生き方・働き方をがらりと変える大きなライフステージの変化で、『長期の責任・義務』も生じるので簡単には決めにくいが、『選択・決断をしなければならないという意識』が強いというのは、言い換えればAよりはBの方がまだマシという『消去法的な選択』の要素を持つ。

本来は『選択・決断をしなければならない意識』よりも『この人と一緒になって家庭を築きたい・きつくても子供のいる人生を送りたいの前向きな希望・意欲』が望ましい。だが今も昔も『周囲の同調圧力・常識や標準・経済や家庭の互助性・孤独や疎外、不安』でどちらか選択しなければの気持ちになる人は多いだろう。

『人の目を気にするな・人の人生に口出しするな・自分の道を貫け』など現代的な言い分も多いが、人も社会的動物だから『他者・社会から承認されやすい行動を取りやすい傾向』は残る。人の結婚・出産も歴史的に『したくてたまらない人』だけがしたわけではなく、社会・慣習的な要因を無視した自由意思の想定も幻想に近い。

過去のさまざまな体験・環境や自分・他者に対するさまざまな認知・思惑の結果として、自由意思の決断だけではない運命的要素も関わりながら『子供のいる人生』と『子供のいない人生』は分かれていく。どうしてもどちらかを選びたいなら入念に選択肢実現を最優先した積極的な人生設計を早くからしなければならない。

社会的・経済的・慣習的な要因を無視した自由意思の想定は『幻想』だというのは、言い換えれば社会や他者は思い通りにはならないという『現実』との裏表である。あらゆる面で自分が優れていて自信に溢れ、どんな人間関係も自由に調整可能な人はおよそ存在しない、自由意思は現実の不満・我慢との擦り合せと納得を包摂する。

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