旦那に死んで欲しい妻が書き込む『旦那デスノート』:自立困難な状況で嫌いになった相手(夫)に中途半端に依存しないと生活できない苦しみ・恨みの問題か

今でこそ結婚の理想として『一緒に苦労しても良い・幸せにしたい』が語られるが、日本の結婚の現実は常識・扶養・子供・性別役割で規定されてきた為、不満・憎悪はでやすい。

「今すぐ死んで欲しい」 旦那の死を望む妻たちのSNS「旦那デスノート」が話題に

旦那の死を願うなら、妻は離婚するか自分が自立できる経済力を身につければ良いという意見、夫に死んでくれといいながら夫の給料で生活しているのは厚かましくてわがままという意見は多いが、逆説的だが『嫌悪する相手から扶養されなければならない自分の弱者性』があるからここまで苛烈な憎悪・殺意が芽生えるともいえる。

男性側にATMになりたくないの被害者意識を持つ人もいるが、よほど高所得で気前よく財布を預けて任せてくれる男ならともかく、生活費ギリギリか足りないくらいのお金を恩着せがましく出す男なら、女性側も別に嬉しくはなく精神的な負い目・拘束感のほうが強くなる。関係悪化すれば人格批判のモラハラも受けやすくなる。

結婚・夫婦の生活共同体では『相手の人格・存在・能力・魅力を否定して嫌い合う関係』や『自分ばかり負担が大きくて損している・相手は何の役にも立っていないという気持ち』になれば、一緒に暮らし続けることは非常な苦痛や虚しさを伴い基本的には無理なのだが、どちらかの自立性が不十分なら簡単に離婚はできない。

夫に死んでほしいという妻の多くは、確かに社会経済的な自立能力が不十分なことが多く、その点で『夫の収入に生活を頼っているなら我慢しろ・一人で生きていけないなら仕方ない』と非難されがちだが、自分の弱さを妻自身わかっていればこそ『死んでほしい』の怨恨になる。強い自立できる女性なら、死ねではなく家を出る。

端的には、こういった結婚を後悔したり配偶者を恨んだりする心理は、どちらかというと『現代特有の女性の心理』ではなく『結婚以外に生活手段が乏しく何があっても忍従した昔の女性の心理』に近い部分もある。ただ昔は愚痴るネットもなく女性の権利も弱く、従順・忍耐が生きる知恵とされていて、満足の基準も低かった。

お金を自力で稼げない立場(相手からお金を入れてもらう立場)は、男女関係の暫時的な力関係(相手の精神的依存・忠誠や責任)で優位に見えることはあるが、変心した相手から本気で人格否定されたり能力を批判されたりすれば反抗しづらく弱者になりやすい。人柄や言動が悪い方に変わった相手が常に一緒だと地獄にもなる。

どちらが悪いかはそれぞれ事情や履歴もあって色々だろうが、『夫に死んでほしい・夫の顔さえ二度と見たくない』まで悪化した夫婦は、『元々それほど好きではなかった+相手から熱心に求愛求婚されて結婚後も任せておけみたいな事を言われた(生活に苦労させない)』で、結婚後にあらゆる約束や前提を反故にされた女性もいるのだろう。

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