労働者派遣法の改正:新卒キャリア以外で非正規の働き方が当たり前化する雇用トレンドをどう見るか。

正規雇用と非正規雇用の待遇格差が問題視され始めてから10年以上の歳月が流れたが、全雇用に占める非正規雇用の比率は上昇を続けており、『非正規(短時間労働)を希望する人・学生や主婦のアルバイト(パート)』なども含めてではあるが、非正規率が30%以上を占めるようになってきた。

3人に1人が非正規雇用と言われる中、『同一価値労働・同一賃金の原則』が通用しない雇用待遇に関する不満がでたり、『全力就活(一度の就活で生涯のキャリアや職業的地位が決まるといった階層社会的な考え方)』を意識して、就職が決まらないだけで人生・仕事がダメになると思い込み、精神的に追い詰められる学生(その極端な事例としての就活自殺・精神病の発症など)が増えたとも言われる。

かつて学生のアルバイトというと『生活費・学費以外の自分の自由にできるお小遣い』を稼ぐための短時間の仕事というイメージが強かったが、現在では授業料・生活費(家賃・食費など)のすべてを親が出せるような裕福な家計が激減し、学生であっても『学校に通うため・生活するため』の絶対にしなければならないバイトに従事する人が増えている。

主婦のパートも学生のアルバイトも、以前のように『してもしなくても良い仕事』の位置づけから外れつつあり、『必要な生活費・学費などを稼ぐための仕事』になっている現状がある。このことが『試験前でも休めないバイト・バイトなのにフルタイム並みに長く拘束される仕事(責任やノルマを厳しく課される仕事)』などを生み出し、学業・通学とバイトの比重が逆転してしまう『ブラックバイト』といった言葉もでてきた。

厚生労働省の労働政策審議会が『労働者派遣法』の改正を検討しているが、この改正では通訳・秘書・貿易事務などの『原則無期契約の専門26業務の区分』が廃止されて、すべての職業分野において派遣で雇われる人は、派遣会社との間で『有期契約か無期契約かの契約』をすることになる。

有期契約だと『3年間以上は同じ職場で働けない』というルールがあり、派遣先の企業が期間を延長して受け容れるといっても同じ職業であっても『違う職場』に移らなければならなくなるという不合理な規制である。

このルールの趣旨は『派遣労働の固定化の防止・無期契約や正規雇用(直接雇用)への転換の促進・正規雇用の優遇の確保』にあると言われるが、本人が希望して派遣先が受け容れをOKしてもその職場にはもういられないという奇妙な規制であり、しかも『違う派遣労働者』に入れ替えて雇うのであれば、有期派遣の継続でもOKというのである。

この法律では、ずっと派遣労働者でその業務を賄いたいのであれば、『同じ派遣のAさん』では3年以上雇うのはダメだけど、3年後の更新時に『違う派遣のBさん』と人材を交代させるのであれば合法だというわけである。3年以上雇いたいのであれば、正規雇用か無期雇用に切り替えなければダメだとしていて、この3年ルールには『10年とか15年とか雇った後にいきなりクビにされるリスク』をヘッジするという意味もある。

だが、企業が『3年ごとに人材をぐるぐる入れ替えるシステムでも良い(別に同じ人にずっとその職場にいてもらわなくても良い)』と判断するのであれば、派遣労働者は恒常的に不安定な立場に置かれてしまう危険性がある。それでも、派遣会社の責任において、『別の職場』にシームレスにすぐに配置できるようなシステムが確立されているのであればまだ良いのだが、現状では景気に左右されやすい単純労働の派遣業務が多いこともあり、『日雇い的・散発的な仕事(仕事があったりなかったりで総額として低所得傾向になる)』に陥りやすくなる。

派遣労働の規制緩和の最大の利点は『雇用の流動化』によって雇用の量(パイ)を増やせるということ、『企業の人件費コスト』を押し下げられるということにあるが、日本では『正規雇用と派遣労働(非正規雇用)の格差』が能力・実績の比較ではなくメンバーシップの差異(入社時点で正式のメンバーとして承認されているか否か)になっているので、事後的な競争原理や実績(スキル)ごとの給与査定が殆ど機能していないという問題は残る。

労働者派遣法の改正では、届出制の特定労働者派遣と許可制の一般労働者派遣との区別を廃止して、全ての労働者派遣事業が『許可制』となり、更に派遣会社は派遣労働者に対する『キャリア支援制度・職業訓練(能力開発)・次の派遣先の確保』に一定の責任を追わなければならないという使い捨て防止の規制強化も盛り込まれてはいる。

現代において派遣労働あるいはプロジェクト単位の雇用が増加している大きな要因は、『経済のグローバリゼーション』と『労働の機械化・IT化のオートメーション化』によって、労働の総需要量が漸次的に減少していくトレンドが確定していることにあり、2050年代には今ある職種の半分近くが事務系・情報処理系のホワイトカラーを中心にして、技術革新(システムによる代替)で消滅するとも言われる。

特に、コモディティ化した労働の単価は減少傾向が強くなっており、土木建設・介護・飲食・宿泊業などでは『労働の需要』はあっても『労働の待遇』が低く抑えられる低利益率の構造と仕事内容のきつさがあり、労働供給の不足と待遇面の不満が悪循環を起こしてますます人が集まりにくくなっている。先進国の多くではそういった労働部門がその待遇でも納得して働く移民によって占められるようになってきているが、日本では移民制度に対する拒絶反応は依然強く、それでいて国内での労働供給も進まないジレンマにはまっている。

『正規』と『非正規』という言葉の存在自体が、日本の雇用のメンバーシップ制の停滞・固定の象徴になっているが、『非正規=アルバイトのような腰掛けの仕事・あってもなくても困らない収入』といった前提が崩れつつあり、『非正規雇用で家計を中心になって支えている人の比率』が高まっていることを考えれば、メンバーシップ型雇用からスキル型(プロジェクト型)雇用への転換が求められるのだろう。

かつては、全ての労働者を公務員のような安定した終身雇用型に移行せよという形の労働運動が強かったが、現在では企業が単純労働まで含むすべての雇用を終身雇用化(正規雇用化)することは現実的に不可能であるだけではなく、『働き方の選択肢』を狭める副作用もある。重要なのは、雇用が能力・実績と連動せずに安定している正規雇用のほうが給与総額が高い傾向があると、不公正な格差と見なされやすいということである。

本来は、『リスク対リターンの原則』を反映して、雇用が能力・実績と連動しているが不安定な立場にある非正規雇用のほうが給与総額が高くなることが望ましいのだが、日本の派遣制度は熟練・非熟練あるいは専門・非専門(コモディティ)を問わずに解放されているので、そういった『能力・実績・スキルと連動した給与査定』が現実的ではないということにあるのだろう。

無論、一部の応募者の絶対数が少ない専門分野では、非正規であっても時給2000~3000円以上などそれ相応の待遇で迎えてくれる分野もあるが、派遣労働全般にまでなると技術・能力・実績と連動させにくい単純作業が中心のアルバイト的な仕事も増えるので、不安定な非正規のほうがそのリスクの対価として『正規以上の割増賃金』をもらえるという雇用システムを構築することが難しくなる。

厳密には、派遣会社が徴収する中間マージンを含めれば、企業は直接雇用よりも大きなコストを支払っていることもあるが、経営状況によって途中で雇い止めにしたり労働時間を短くして給料を減らしたりといった柔軟さ(コスト削減の選択肢)があるという面で、よほどの理由がない限り解雇(減給)できない正社員よりも派遣のほうが選ばれやすい。