映画『スノー・ピアサー』の感想

総合評価 80点/100点

2014年、人類は長期的な懸案である地球温暖化を決定的に抑制するため、新開発された冷却物質を大量散布したが、過剰冷却効果によって地球の気候は急速に氷河期のような寒冷気候となり、人類と地上の生物は絶滅の危機に瀕することになった。17年後の2031年、人類が唯一生存を許された空間は、核融合の永久機関で地球上を走り続ける列車『スノーピアサー』の内部だけとなり、そこには先頭車両にセレブな支配階層、後部車両に奴隷的な貧困階層が位置する『厳格な階級社会』が形成されていた。

列車スノーピアサーは世界一周の高速鉄道網を建設したいという鉄道王ウィルフォード(エド・ハリス)の夢を実現したものであり、ウィルフォード社が所有・管理するスノーピアサーはウィルフォードを絶対的な独裁者とするミニチュア国家となり、富裕層と貧困層の階級対立が次第に激化していた。過去に後部車両の貧困層が一斉蜂起する革命的事態も勃発したが、マシンガンなど重火器の武力を保有するウィルフォードらに対抗することはできず、大量の犠牲者を出して鎮圧されてしまった。

スラム街のような劣悪で不潔な環境で寝起きして、強制的に各車両での労働・役割を割り振られること(あるいは過去に極限の飢え・渇きの状態を放置され続けて大勢が死んだこと)に不満を覚えていただけではなく、後部車両に子供が産まれても一定の年齢に達すると取り上げられてしまう。前方の車両へと子供たちが連れて行かれてしまうことに、親たちは不満・怒り・心配を募らせていたが、連れ去られた子供たちがどのようにして生活しているのかは何も分からない。配給される食糧も、真っ黒な色をした得体のしれない不気味なプロテインブロックのゼリーが一種類だけである。

後部車両のカーティス(クリス・エヴァンス)とエドガー(ジェイミー・ベル)らは、前方車両へと突撃して一挙に革命を成し遂げる機会を伺っていた。身分制社会の正しさを杓子定規に語る女性首相のメイソン(ティルダ・スウィントン)が、『役に立たない拳銃をしまえ』と部下に命令したのを聞き、支配層が『前回の反乱鎮圧』で残っていた弾薬のほぼ全てを使い尽くしたと判断したカーティスらは、金属をつなぎ合わせて作った丸太のような棒で前方の扉を打ち破って突撃していく。

前方の車両に進めば進むほど、後方車両よりも『待遇・食事・環境・服装』などが良くなっていき、最前方の近くにはバーやディスコがあって華やかに着飾ったセレブたちが思い思いにくつろいだり踊ったりしている状況になる。空間の狭い列車内でこれほどの設備や仕掛けを作れるかという現実性の問題はあるのだが、作品の世界観やアイデアの斬新さは面白いと感じるし、何より『現代の格差の戯画化(ブラックユーモアめいたカリカチュア)』というのが『スノーピアサー』の青写真になっているのだろう。

刃物(斧)で武装した敵との戦闘シーンは、狭い列車内での乱闘だから原始的な殴り合いの様相を呈して、血しぶきが飛び散る凄惨な場面が繰り広げられるが、『資源の枯渇・有限性』を目の当たりに突きつけられた人間の動物化の恐怖、『少ない資源・食糧の配分の権限を握る人物(囲まれた領域内での権力)への絶対服従』というのが一つのテーマでもある。

山本七平が日本の太平洋戦争の現実(特にフィリピンや南方戦線の飢餓・感染症に襲われた悲惨な戦場)を証言を元にして再現した『日本はなぜ敗れるのか』に、『本当に人間性に優れた将校はジャングル内の絶望的な飢餓に際しても部下に食糧の配分を優先して行ったがそうしたことができる人はやはり少なかった。自分が空腹を極めて飢え死にするような事態になれば大半の人はそれ以前の人間性・思いやりを失い、部下と食糧を分かち合おうとはしなくなり奪おうとまでする。部隊を離れて友軍同士での食べ物の奪い合いが始まると同時に日本軍の指揮命令系統は瓦解した』とあるが、『スノーピアサー』のカーティスとエドガーの過去にまつわる因縁話もそういった生きるか死ぬかの瀬戸際における人間性・倫理観の話として観賞できる。

貧困層のカリスマ的な指導者である老人ギリアム(ジョン・ハート)は、まさに山本七平のいう『人間性に優れた将校』として描かれており、究極の無我・菩薩行(利他行)の体現とされる『仏教的な捨身飼虎』の要素も加えられている。

衣食が足らずとも『人間性』になお踏み留まれるかという問いは、人類の歴史全般を通して余りに重いが、腹が減って飢えれば大多数の人は生存本能で思考・行動が支配されて他者を殺してでも奪おうとする者が続出し、その略奪・裏切りを防衛しようとする動きが増える中で内紛・共食いの惨状を呈することになるが、そういった極限状況での暴発・略奪・裏切りは現代の世界においても繰り返されている現実としてある。

『スノーピアサー』は、格差社会が進行していくことによる人心の不穏な革命衝動の増加、極限状況に追い込まれていくことによる人間らしい共感性・倫理観の喪失という二つの大きなテーマから見ることができるが、『閉鎖環境で共食いせざるを得ないような限界状況』の雪解けは、スノーピアサーから解放される外部環境の変化によってもたらされる。