『他人と一緒に暮らせない女性』の結婚の難しさ、 波瑠主演の不倫ドラマ『あなたのことはそれほど』の感想

○学生時代、男は『生活音・日常生活の過ごし方の個人差』が非常に大きい事を実感した。静かな人は本当にいるかいないか分からない位で快適だが、うるさい型の人はいびきにせよ足音や炊事・洗濯の音にせよ何をしてもうるさい、我慢強い相手でないと無理だと思ったものだ……。

「今さら他人とは暮らせない」 寂しさよりも自由を選ぶ女性に称賛の声 (しらべぇ)

経済的に依拠する部分がなく子供がいらないのであれば、極端に自由が制限されることはないだろうが、他の異性とあんまり親しくできないとか一人で長期の遠出ができないとかいった一夫一婦制の最低限の縛りはゼロにはしづらい。『世話・面倒・構うや尽くす(メンタルケア)が必要な度合い』は男でも女でも個人差はある。

自分一人の収入や財産だけで妻子を扶養し老後まで経済保障しているような男性であれば、やはり経済力がない男性よりは『配偶者としてのサポートやケアの見返り』を間接的にでも期待・要求するかもしれない。カネがなくても要求する人はいるかもしれないが、貢献度が非対称的に感じられるほど精神的自由度は落ちやすい。

男性も色々な価値観やタイプの人はいるので、子育てや家計維持・老後設計などの必要な共同作業以外は『自分は自分・配偶者は配偶者の自由な人生があって然るべきの意識』がある人なら、一定の節度や配慮を持ち寄ってお互いをそこまでガチガチに縛ってあれしろこれしろとは言わないだろうが。

自由を愛する気持ちが強い人は、相手に世話や面倒を要求すること(過度に干渉)も少ないかもしれないが、そういった人は結婚しにくい。長い共同生活を経験して、離婚はしないがそれぞれの世界を持って相手に強く干渉しない中高年の『卒婚』も話題にはなるが、かなりの割合は年取って元気なうちでもそう割り切れないだろう…

○戦後すぐまで経済力のある男の浮気は甲斐性として女の悲哀・不満は抑圧されがちだったが、結婚制度がロマンティックラブ(異性として陶酔・熱狂)と結合する事はそう簡単ではない。

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『あなたのことはそれほど』は現代における男側のコンプレックスと生活・子供のための契約的結婚に耐え切れない型のロマンスに弱い女(相手の男)を投影したドラマで、表層的な『惚れた男の弱み(何とか結婚に持っていった堅実な男の弱み)』はありがちだが大半はセクシャリティとロマンスは倫理的に手放して想像で楽しむ。

ドラマはまだ子供がいない設定なので離婚すれば苦しんで狂気に侵されつつある夫(東出昌大)は解放される可能性もあるが、妻(波瑠)はセクシャリティとロマンスを諦めずトキメキ・好みを行動化せずにいられないなら、何度離婚しても同じ結果に向かう。結婚・生活と異性への反射的欲求を常に結合させる事はほぼ不可能。

昔は女性の犠牲と忍従があって、権力者・金持ちの男なら実質的な一夫多妻である経済的に庇護する愛人・愛妾によって『イエのための結婚』と『自分のための女性』を区別したが女主導の不倫ドラマは歴史的ジェンダー逆転劇の一面か。大半の人の現実とは無関係な創作だが、欲張った本音を晒しすぎると人は墓穴を掘る

不倫系ドラマは賛否両論あるが、現代でも『自分は異性として愛されているか?誰よりも求められているか?』はなかなかシビアな問いかけで、ピュアな人はフィクションでも怒り落ち込み傷つくが、正式なパートナーであれば本音云々ではなくイエスというべきだ。ロマンスと比べて生活の優先順位の高さの歴史は圧倒的に長く、また一般庶民にとってはやはり色恋沙汰以上に日常生活の安定した継続のほうが大切な場面は年齢と共に増えてはくる。

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