読書をする理由と近代以前の『読書人階級』のエリート文化:近代的な教養主義は衰退したけれど。

○古代中国で『士』と呼ばれた読書人階級は『官吏・有徳』だが、識字率の低い時代・社会では読書は野蛮・無知でない知的権威・階級意識もあった。現代は識字率はほぼ100%だが、言語運用・前提知識・語彙の差はでる。

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読書を全くしないからといって不幸になったり損をしたりするわけではないが、読書量・前提知識の多い人との『ユーモアや教養の絡んだ会話・言語的なメタファーの理解』ができない恐れは出てくる。また文化階層によって『知っていて当たり前の定番の本・理論・用語』があり、読書によって得た知識が役立つこともある。

読書人とは何かは、人格形成や教養構築や文人主義と関係している。中世の京都の公家は読書人で、関東の荒戎と呼ばれた土着武士は非読書人だったが、公家は有職故実を書物で学び、文字を美しく書く書道に通じ、殺生・肉体使役をしないことで『文明人の矜持』を持ったが、武断の武と徳治の文の対比の歴史は極めて長い。

現代では読書をする人と読書をしない人の特徴を単純に分類することに意味はないが、読書に限らず『新たな知識・方法を学ぶ意欲と冷静な集中力があるか、教養・文化を尊重する態度があるか、無知・粗雑・乱暴な自分を開き直らず自省して変える意志があるか』ということが間接的に読書習慣と関連している可能性はある。

○情報量やコンテンツ、仕事、娯楽が爆発的に増えた現代では、何もすることがない暇・退屈を経験しづらくなっていて何をするにしても切りがないが、『選択や休養ができる時間のゆとり』は大切なものである。

ヒマは「何もすることがない」んじゃなくて「何でもできる贅沢な時間」と考える

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